「は、はい」
犬山が答えた。
「バリかた三つ、毎度ありぃ」
流しで手を洗った主人は、注文を確認しながら麺を湯に投げ入れていく。店は一人でやっている。厨房の奥のほうに「衛生責任者・雉子牟田俊夫」とプレートが掲げてあるのに猿橋が気付く。
「あそこに名前出とったんですね。何年も食べに来とって、いっちょん分からんかったです」
「俺は前から気づいとったが、正直、読めんかったんや」
桃田が打ち明ける。と、ふいに、
「マスター、お名前、何とお読みするんですか」
犬山が衛生責任者の札を指しながら単刀直入、主人に訊いた。もちろん読み方を知ってのこと。
「キジムタです」
麺の湯切りをしながら雉子牟田が言った。
「私たち、隣のビルの出版社で働いてる者なんですけど、私が犬山、隣が桃田、向こうが猿橋と言いまして・・・」
「はい、バリかたお待ち」
犬山の一方的な気の走りをさえぎるように、雉子牟田は三つ揃ったラーメンをカウンター越しに順に寄こしてくる。
「お客さんたち、よう食べに来らっしゃるけん、お顔は知っとります。そげんお名前でしたか」
雉子牟田は犬山の言葉をちゃんと聞いていたのだった。
「それでですな。今申し上げた通り、私らは桃、犬、猿で桃太郎なんですわ。こんなキテレツなこと自分らで言うたら恥ずかしなりますけどな」
桃田がラーメンに白ゴマをかけながら、主人と目を合わせず説明した。
「そして今回、豚々さんのご主人が雉子牟田さんだと知り、桃太郎のメンバーが揃うということで、お願いにあがった次第です」
猿田が真顔で主人に告げた。
「はい、これサービスで辛子高菜」
雉子牟田は、訪問販売を追い返したいが邪険にもできない風の表情で、高菜を出して会話を避けた。
「つまりはご主人がキジなんですよ。力を貸してくれませんか」
犬山が両腕を鳥のようにひらひらさせていった。