小説

『灰かぶりのC』猪口礼人(『シンデレラ』)

「あなた自身が、綺麗だと思いましたか」
 問いかけに対し、彼の瞼がわずかに大きく開いた。そして観念したように小さく笑う。
「いいえ。……見え透いてましたか」
「ほんのすこし」
 二人してくすくす笑う。
「でもおばさまは気にも留めてませんわ」
「だといい」少し考える風にして、珍しく言葉を続けた。「大きさも美しさの一つと考えるなら、あれも美しいのです。ただ私には、輝きというものが良し悪しの基準に据わっている」
「あれも光ってましたよ」
「あるのです。さらに綺麗なものが」
「……いつかお目にかかりたいものです」
 また二人して外の風景を眺める。時折鳴る食器具の音。節々で聞こえるは小声の談笑。それらを包む深緑ざわめく風の音。私は自然と、またこの人と居たいなと感じた。
 帰宅して叔母に結婚を前向きに考えたい旨を告げた。両親も叔母もひどく驚いた。もっと良い人だっているでしょうにとさえ言った。彼の収入が大したものではないという事実も彼女らを渋らせたのだろう。でも、それでいいと思った。

ーーー

 祖母が老衰で亡くなった。 祖母の夫、すなわち私の祖父は宝石細工工だった。葬儀の際、祖父の仕事仲間のお孫さんから遺灰をダイヤモンド化するビジネスがあると聞き、私はスイスまではるばるやってきた。
 小ぶりながらも綺麗なオフィスで、私と通訳は担当の人間を待っていた。
 退屈にまかせて指輪を眺める。ダイヤモンドはできる限り祖母の指輪に近づけて欲しかった。だから実物を持ってきた。細かい傷やサビのような汚れに時間の経過が覗く指輪のアーム部分とは対照的に、小ぶりなダイヤモンドは完成したその瞬間から時間が止まったようだった。しげしげと室内ライトにかざしてみる。
 光を存分に受けるつつキラキラと弾いてみせる様はまるで水を一身に受ける一輪の花。宝石を固定する爪の合間から差し込む光は一条ずつ束ねられ、光のブーケへと見事に昇華されている。角度を変えるたびに色合いなどを変える様は、小さな窓越しに遠い国の庭園を覗いているようでさえあった。

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