庄三が身を乗り出して言うもんだから、伊助も真面目な顔で返した。
「なになに、その『風桶』の話なら前に聞いたことがあるけど・・それでこの前も誘ってくれたんだ。なのに鉄道の運転手とか自動車レースの話とか、それに隣町の小百合の話ばかりで・・・あげくに夫婦喧嘩にまで発展したんだから、電車もそうだけど話の脱線には気をつけないといけないね。ならば今日はその話の結末を何とか探ってみようじゃないか、ありそうもない知恵だけど絞り出せば少しくらいは出てくるかもしれない」珍しく庄三に褒められて伊助としても悪い気はしない。すっかり乗り気になって同じく身を乗り出している。
「そうか、さっきお前の話を聞いてて気が付いたんだが、お前の話は『桶屋のその後』そのものって聞こえるよ。少し痛い思いもあったけど、身を持って桶屋のその後を演じていたんじゃないのか? 因果は巡る小車・・って、俺も前に親父が言ってたのを聞いたことがあるが、そいつがうまく回って桶屋を通り越してくれたってことじゃないのか・・?」
伊助が精一杯の知恵を絞った・・やはり人間は褒めれば伸びる。
「桶屋の話は桶屋で終わりではなくて、儲けた桶屋が大衆割烹で金を使って、なまじっか真面目で遊び方が下手なもんだから女房に噛みつかれて、それで医者に治療費の大枚を払う羽目になった。少なくとも桶屋の後には居酒屋とか大衆割烹があって、そのあとに医者がいたことになるじゃないか・・」
遊び方がへたとまでは言われたくないが、庄三にも少しずつ話の続きが見えてきた。これでどうにか桶屋を通り越して医者まではたどり着いた訳で、当初の思惑どおりになりつつはある。ただ、どうだろうか、最後が医者で良いのだろうか? 風が吹いて医者が繁盛するだけの話なら、風が吹いて目にゴミが入ってそこで普通なら医者に行く訳で、ならばそこから先の三味線屋も猫も鼠にも出番はない。まして桶屋などどう間違っても出てこない。やはり最後が医者というのはいかにも変だ・・・、庄三はどうにも納得がいかなかった。
「確かに桶屋の次に大衆割烹があって次に夫婦喧嘩があって、その後に医者が出てきたんだが、その医者はどこかに行かないのだろうか? ひょっとすると三味線屋とかと同じように『女遊び』なんてしないのだろうか?」
庄三の思いつめた表情にさっきから手酌で飲んでいた伊助が何かに気付いたように切り出した。
「そうだあの医者は前にも見てるよ、思い出した。いつだったか隣町の小百合の店で見かけた男だ。鼻の下はもっと長かったように思うが、奴に違いない」
伊助の記憶に間違いはなかった。居酒屋の主の話でもこの医者は部類の酒好き・女好き人間ということが判明。今も昔もの感が強いが、医者はいつの時代でも医者なのであった。
やれやれ、医者で終わったらどうしようかと心配したが、どうやらぎりぎりのところで話は続いて、桶屋の次に出てきた医者も儲けた金を握って、医師会の集まりとかの言い訳をしながら夜な夜な大衆割烹に通ったのであり、それでお店は大儲け。そこからさらにもう一歩進んで、気を良くした店長から小百合たち従業員にはきっと嬉しい大入り袋が配られた。そうかそうだったのか、最後の最後に儲けたのは小百合を始めとする可愛い女給の皆さん・・きっとそうに違いないのだ。