小説

『風が吹くとなぜ桶屋が儲かるのか?』あまりけんすけ(浮世草子『世間学者気質』)

  
「何で『風で桶屋が儲かる』なんて話が通用しているんだ。よし、この続きは明日にしよう。伊助も昨日の事件の顛末を気にしているだろうし、礼も言いたいし、一杯おごれば喜ぶ。話の続きはそこで決めればいい」庄三は床に入っても頭ばかりが冴えて、なかなか眠れなかった。  
 そんな庄三の様子をどう思ったのか、お美代も隣で心配顔。昼間はまるで夜叉のようだったが、医者から帰ってしんみりしている庄三の血の滲んだ腕を見ているうちに、すっかりいつもの優しいお美代に戻っていた。さすがにA型人間、気持ちはとっくに切り替っていた。

 その次の日は風も止んで久し振りの上天気。こうなると伊助のところにも客が来るだろうし、こんな上天気では昼間っから飲みにも行けない。しかたなく昼間は作業場の片付け仕事を済ませて夕方になって伊助を誘うと、まだ店には客がいたが、伊助の女房が気を利かせて仕事を代わり、朝から休み無しで働いていた伊助を気持ち良く出してくれた。
 二人は昨日の居酒屋の昨日と同じ席で向かい合った。
 庄三は昨日の騒ぎを詫びながら、内緒で出かけて悪かったが隣町の小百合の店に行ったこと、先に三味線屋がお客でいたがすぐに帰って後はお互い昔話が尽きずに看板まで飲んで、あげくに小百合のアパートに寄り道して・・あとは散々の修羅場であったことなど、一通りの事の顛末を伊助に話した。伊助も昨日の喧嘩の種が例の小百合だったことについては少なからず驚いたが、抜け駆けした庄三が女房にとっちめられて痛い目にあったのを目の当たりにしていては、怒る気にもなれなかった。
 二人にとってはこれはこれで面白可笑しい酒飲み話ではあったのだが、それでこのまま飲んでいたのでは、この前のときと同じ虻蜂取らず。庄三には忘れてはいけない大事な相談事があった。
「実はね、少しばかり伊助の知恵を借りたくて誘ったんだ」 
「なに、俺の知恵がどこにあるって? 庄三お前には見えてんのか? 俺にはてんで見えてない・・」
 伊助はいきなりの庄三の話に冗談半分で返事をしたが、庄三はそんな事にはかまわずに少しばかり身を乗り出して話し始めた。
「伊助はいつも馬鹿ばっかし言うし確かに学校の成績は最低だったが、親父さんを見ていれば分かるよ。お前は勉強しないから知識はないが、ある種の知恵があるんだ。このごろのお前は親父さんに良く似てきた。実はね、この話は何日か前に親父さんに聞いた話なんだ。お前だって知ってるだろうけど『風が吹くと桶屋が儲かる』って話。どうにも俺には解せなかったんだが一通りの理屈は親父さんに教えてもらったんだ。だけども、お前はどう思う? 何で桶屋が儲けたところで話が終わるのか? だいたいこういう話には洒落とか綺麗さとかが欲しいし、死人が出て棺桶屋がしこたま儲けて、それで薄ら笑いでお終いなんて、桶屋としては体裁が悪すぎる。だから、この話の続きを見つけてもらいたいんだよ」

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