二人は暇なときにはいつも馴染みの居酒屋で一杯やりながらよく世間話などで盛り上がったり、子どもの頃から実に仲がいい。
「風が吹いて商売繁盛はいいんだが、この風で疫病が流行ったんじゃあ喜んでばかりもいられねえ。棺桶屋なんてもともと因果な商売だよ」と、徳利を傾けながら庄三が言えば・・、
「俺だってそうさ、毎日毎日お他人様の頭の毛を刈るなんざちっとも面白いもんじゃないぜ。親父のあとを継いで仕方なく床屋なんかやってるけど、本当は俺は自動車の整備士になりたかったんだ」普段はヤンチャな伊助も珍しく愚痴をこぼしたりした。
この二人、子供の頃から学校の成績は似たり寄ったりの出来の悪さで中学を出て直ぐに家業を継いだのだが、一人前に自分の夢とか希望とかはあったようで、酒の量が増えるとともに日ごろの不平不満を晴らすかのように、叶わなかった夢のいろいろが口をついて出てきた。
「俺だって桶屋なんかになっていなければ、今ごろは鉄道屋になって横浜鉄道の運転手ってとこよ。八王子~東神奈川を毎日のように行き来して、せいぜい颯爽としたもんよ。それに運転手の制服がいかしてるもんだから可愛い女の子が寄って来て困るのなんの・・まるで違う世界の暮らしだよ。世界っていえばアメリカには大陸横断鉄道なんていう長距離鉄道があるし、そっちに行ったっていいんだ・・」などと庄三が言えば、
「ヨーロッパでは自動車のスピードレースってのがあるらしいけど、俺はそんな仕事がしたかったんだ。何も運転手でなくてもいいのさ、第一線で活躍する腕のいい整備士になりたかった・・・」と、伊助の夢も負けずに大きい。ことほど左様に子供の頃からの二人の夢はそれこそ夢のような話なのだが、酒が回ってくると二人はまるで夢の中にいるように、居酒屋のうす汚れた天井を仰ぎながら気持ち良さそうに話したのであった。
二人は子供の頃から決められていたかのように、それぞれ家業を継いだのだが、学校のときの仲間でも出来の良い者は一流企業に入ったのもいるし、町会議員になったのもいる。商売でも地場産業の織物業などは実に羽振りが良かった。
「人生いろいろだよねえ。浮かび上がったヤツもいれば沈んじまったヤツもいる。ホント、世の中は表と裏とか昼と夜とかね・・」そんな庄三のもっともらしい話も・・「でも、世の中は都合の良い方ばかりじゃダメでね、仮に昼間ばっかりで夜が無くなったりしたらこれからの日本はきっと少子化になっちまう。何故かって? それは言えねえ」と伊助。せっかくの良さそうな話もこの二人ならこんな風で、中身も何もあったものではない。
「そういえば昔お前が付き合ってた小百合って子は今はどうしているのよ?」と庄三。子供の頃からの長い付き合いだし、共通の話題はそれこそ尽きることを知らない。