さすがの長老のまるで講談師のような講釈に庄三はハタと膝を叩いた。
「なるほど因果のオグルマとは驚いた。さすがは御隠居ありがとうよ」
分からず屋の庄三にしては随分と分かりが早すぎるようだが、これは根は優しい庄三のお年寄りへのお愛想。この程度の説明で分からず屋の庄三が納得するはずがなかった。
相変わらず頭をかしげながら帰ってきた庄三であったが、作業場の作りかけの棺桶を前にして、ますます疑問が湧き上がってきた。
「確かにさっきの御隠居の話も理屈には違いないが、ただ、そんなに長く因果が巡ってる中でなぜ棺桶屋のところで話が終わってしまうのか? それに世間には魚屋とか酒屋とか呉服屋とか床屋とかいろんな商売があるというのに、何でそいつらは途中で出てきたりはしないのか?」庄三の頭の中ではまるでいくつもの疑問符が湧いて出てくるようであった。
庄三としても勿論、桶屋が儲かって不足がある訳はないのだが、死人相手の棺桶屋が最後の最後にみんなの儲けを独り占めしてるようで、これじゃあ気前が良いので通っている庄三としてはいかにもバツが悪い。いったい、なんで桶屋が終点なのか? 因果の小車とかがそこを通り過ぎるとどうなるのか? もともと金は天下の回りモノなわけで、誰かがまとめて儲けるなどは良いはずがない。そんなことが続けばどんどん貧富の差が広がって終いにはきっと格差社会とかの難しい問題が出てきたりする。どんなときも事の顛末を心配するのは庄三の生まれついての性分。百歩譲って桶屋が儲かるまでは御隠居の講釈で良いとして、桶屋はそれからどうなるのか? 気にならないわけがなかった。
さて、ここからはまさしく庄三自身の今後の身の振り方にも関わる重大事。興味深々、話の続きが気になって仕方ないのだが、どうも自分自身の事となると身贔屓が出たりしてもいけない・・と、これぞ真面目人間の真骨頂。
「そうだ、今日は御隠居に話を聞いたのだが、明日は伊助に話してみよう。御隠居の言うように『桶屋が儲かる』までは良しとして、問題はその後だ・・」
向かいの伊助は先ほどの御隠居のせがれで、庄三とは小さい頃からの遊び仲間。小学校の頃から仕様も無い悪ガキで、近所でも評判の鼻つまみ小僧だったが、しっかり者の嫁をもらって今では床屋の二代目に納まっている。
この伊助は庄三の誘いであればどんなときだって断ったりはしない。ましてこんな天気で店は開店休業。どうも伊助の店は桶屋とは逆で風が吹いているときは客が来そうにない。せっかく髪を整えても帰りにはまたばさばさになってしまうし、風がやんでしばらくした頃からがかき入れ時となるようで、今はとにかく手持無沙汰で店の中をうろうろ。丁度そんなときに庄三からの誘いがあったわけで伊助としては待ってましたの渡りに舟。一も二もなく連れ立って近所の居酒屋に向かった。