しかし、老人のその言葉に青年は首をふりました。
「何を言っているのですか。私の敵はもっと大きな敵でなければなりません。…それに先ほど、私の所属する軍から連絡がありました。私は今日来る宇宙船に乗ってあの星の前線に出ます。…もう、覚悟はできているのです。」
その言葉に、老人は気がついたように青年の部屋を見渡しました。
部屋は、きれいに片付けられていました。
ベッドは整えられ、その横には何冊かをまとめて紐で縛った本と一台のトランクが置かれています。そうして、その中でも一番人目を引いたのは小さく透明な保管容器に入れられた一株の野ばらでありました。
青年はそれを見つめると、少し寂しそうに言いました。
「真空保存にしてあります。条件さえ整えば、どこでも育てることができます。本来なら生態系が壊れてしまうので生物の持ち込みは禁止なのですが、我々と同じ星の株であることは分かっているので無事に戦地から戻れたら故郷で育てようと思っているのです。」
青年の説明を聞きながら、老人は野ばらを見つめました。
それは、あの石碑の周りに植わっていた野ばらでした。青年は、あの雪の日のときにこっそりと株の一部を掘り出してこの容器に移していたのです。
老人の頭の中で、あの雪の上に散った花びらが思い起こされました。
「…先ほど君は、自分の敵は他にあると言ったね。」
その言葉に、青年は短く「はい」と返事をしました。
そうして、老人はふり向くと、青年にさらに問いかけました。
「では、その敵が誰なのか、君は明確に答えることはできるのかい?」
その問いかけに青年は言葉を詰まらせ、何も答えることができませんでした。
しばらくすると空が暗くなり、低いローターの音が聞こえてきました。
それは恐らく青年を迎えに来た船でしょう。