小説

『生まれかわった少年』小笠原幹夫(『勝五郎再生談』平田篤胤)

「あたいは松吉だよ。松吉が帰ってきたんだよ!」
 巳之助夫婦が松吉の名を聞いて腰を抜かさんばかり、びっくり仰天したことは言うまでもありません。山の墓地に埋められたはずの松吉が、背丈(せたけ)ものびて元気な姿でニコニコ笑っているのですから。しかも巳之助方は、卯三郎が言ったとおりの屋敷と畠、樹木・自然のたたずまいであったのであります。セイはこの不思議を目のあたりに見て、巳之助夫婦と話し合ってみると卯三郎の言ったこととまったくピタリと筋道が合います。
 卯三郎と松吉が同一人物であったことは、たちまち川越と入間川の両方の土地の人々のあいだに知れわたり、やっぱり霊魂は不滅なのだと、あらためて生まれ変わりの不思議さに打たれ、それぞれ神秘の思いをいだいたのでした。
この不思議はしばらくのあいだ、近隣の人々を感心させていたのでありますが、その後、日露戦争、欧州大戦、関東大震災など国民の耳目を驚ろかす事件がつづき、また世の中の風潮が生まれかわりというようなことを錯覚、または作り話と決めつける傾向が強くなり、この死後の世界の話のうわさはしだいに忘れられ、消え去っていったのです。

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