「だからそれはわしが悪かったと謝っておるではないか」
「わたしは先日の件を問題にしているのではありません。万事がこの調子なのを問題にしているのです。父上はなぜそうも簡単に理性を失うのですか? 理性こそが人間を他の動物と区別している要なのではないですか? それなのに、なぜいともたやすく理性を、雨上がりの傘のように、どこかに置き忘れてくることが出来るのですか?」
「カーッとすると自分でも何が何だかよく分からなくなるのだよ、わしは」
「なぜ冷静に考え直せないのですか? なぜ自分の誤りを素直に認められないのですか? なぜ浅はかな暴走を止められないのですか?」
「それはわしにも分からないよ」
「怖いのです、わたしは平気で理性を無くす人間が。大人はいつだって理性的でいて欲しい。いつだってまともでいて欲しい。だって大人なんですもの。子供じゃないんですもの。それなのに、まわりを見回せば、中身は子供の大人ばかり。父上がその最たる例です」
「それは・・・どうも・・・すまん」
そう言ってリア王はぺこりと頭を下げた。
「謝れば済むという問題じゃありません。娘のわたしが今まで父上の身勝手さ、理不尽さに、どんなに傷つけられてきたと思っているのですか? 父上はいいですよね。子供のように我儘放題していられるご身分だったのですから。何と言っても王だったのですから。でも、それによって他人が傷つくという事に、どうして気がつかなかったのですか? いい大人のくせに、なぜそれくらいの事も分からなかったのですか?」
「面目次第もない」
「父上は姉上たちに裏切られた、侮辱された、魂を引き裂かれたとさかんに大騒ぎなさっていましたけど、ご自分がこれまで他人にしてきた事を考えたら、偉そうに被害者面出来る立場かどうか、もう一度よく反省してみればいいんだわ」
「反省します」
「みんな昔の事は忘れていると思ったら大間違いなのですよ。ぜんぶ憶えているんですからね、過去に父上がなさった事も、おっしゃった言葉も、何もかも細かいところまで全部。父上はご自分に都合の悪い事はきれいさっぱりお忘れになっていることでしょうけど、こっちは絶対に忘れませんからね。ちゃんと憶えているのですからね。記憶にがっつり刻み込まれているのですからね」
「そろそろこの話はおしまいにしようか・・・」