小説

『リア王異聞』黒田女体盛(『リア王』)

「父上、ご自分を責めるのはお止めください。すべてはもう過ぎ去った事。コーディーリアは何とも思うておりません」
「いや、それではわしの気が済まんのだ。責めてくれ、このわしを、コーディーリア。わしに対して思う存分おまえの怒りをぶつけてくれ」
「まぁ、父上、わたしには怒りなどございません」
「そいつは嘘だ。嘘だね。あんな酷い仕打ちを受けて腹を立てない人間がいるとしたら、そっちの方が不自然だ。わしは心底からおまえと和解したい。そのためには腹の中に隠し持っている物を、薄汚いドロドロの膿を、洗いざらい、何もかも、すっからかんになるまで絞り出す必要があるのだ。そうして初めてわしらは真に仲直り出来るのだ」
「はぁ・・・」
「だからコーディーリア、わしを責めてくれ。思いっきり責めてくれ。責めて、責めて、責めまくってくれ。おまえの本当の感情を、遠慮なく、徹底的に、これでもかと言うくらい、わしに叩きつけてくれ。そうじゃないとわしは人間として今後おまえと付き合っていけないのだ」
「そうですか・・・そこまでおっしゃるのなら・・・」
 コーディーリア姫は、しばらく迷った後、おずおずとこう切り出した。
「父上は昔からわたしのことがお嫌いでした」
「何を言う。そんな事はないぞ」
 驚いたリア王は思わずベッドの上で上半身を起こしたが、それに構わずコーディーリア姫は目を細め、何かを考え込むような表情で話を続けた。
「いいえ、そうなのです。これは真実なのです。わたしはそれを敏感に感じ取っておりました。嫌われていた子供であるわたしは」
「なぜわしがおまえを嫌わなければならないのだ?」
「わたしがいつも真っ当な事ばかり言うからです。正しい事を言う人間は、残念ながら嫌われるのです、人間社会では」
「それはおかしい。なぜ正しい事を言う人間が嫌われるのだ?」
「生意気だと感じるからでしょう。あるいは自分勝手に思い描いた幻想に冷水を浴びせかけられる気がするかもしれません。特に目下の人間から正しい事を言われるのは我慢ならないようです。そうなるとすぐ逆上してわけの分からない行動をし始める。父上のそういうお姿を、わたしはこれまで何度も目にしてまいりました。このあいだの時だってそうじゃありませんか。わたしたち三人姉妹に領土を分け与えるとおっしゃったあの時、父上は姉たちの見え透いた、表面だけの、嘘ばればれのお追従には機嫌を良くし、真の愛情を示したわたしの言葉に対しては、たちまち不機嫌になり、挙句の果てには激昂して取り付く島もない有様。おまえなんかにわしの領土はひとかけらもやらんぞと大声で怒鳴り散らし、わたしを身ひとつでフランスへ追いやった」

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