「風よ、吹け! 雨よ、降りかかれ!」
自分への愛と忠誠を信じて領土を分け与えた二人の娘の冷淡な仕打ちにより城から追い出されたリア王は、絶望のあまり正気を失い、荒野を彷徨いながら荒れ狂う嵐の空へ向かって声を限りに叫び続けていた。
「雨でも風でも火でも稲妻でも何でもいいから在るだけのものをじゃんじゃん落として来い! ぜんぶ落として来い! そして恩知らずどもの体をぺちゃんこに押し潰してしまえ!」
「なぁ、じいちゃん、家の中に入ろうよ。ずぶ濡れで怒鳴っていても声は天にまで伸びて行かないよ。寒さで金玉と一緒に縮こまるだけだよ」
お供の道化がそう説得するものの、リア王は狂乱の体でわめき散らすばかりだった。そこへ忠臣ケント伯爵とグロスター伯爵が駆けつけ、どうにかこうにか無理矢理リア王を末娘コーディーリア姫の待つフランス軍陣地へと連れて行った。
コーディーリア姫の手厚い看護によって弱っていたリア王の体はみるみる回復し、心も正気に戻った。
「すまなかったな、コーディーリア。愚かな父を許しておくれ」
暖かい部屋でふかふかのベッドに寝かされたリア王は、すぐ横で林檎の皮をむいているコーディーリア姫にそう話かけた。
「何をおっしゃいます。わたしは子として当然の事をしているだけです」
コーディーリア姫は、そう言って皮をむいた林檎を一切れ、リア王の口へ運んだ。リア王は林檎をもぐもぐ噛みながら
「だが、その当然の事が、おまえの姉どもには出来なかった。あいつらは鳶だ、蝮だ、狼だ。悪臭を放つ瘡蓋だ。胸糞悪い病毒だ」
と興奮した様子で毒づいた。するとコーディーリア姫は
「姉上たちの事を考えるのは、もうお止めください。やがて姉上たちには天罰が下る日が来るでしょうから」
と優しい口調で諌めた。リア王は涙を流し始めた。
「本当に、コーディーリア、おまえにはすまん事をしたと思うておる。あんな魔女どもの甘言にコロリと騙され、真にわしを愛してくれているおまえに辛く当たって・・・ああ、わしは何という愚か者だったのであろう。恥ずかしさでこの身をモグラのように地下深く隠したいくらいだ」
「父上」
「ああ、わしの両目は、なぜかくも曇っていたのであろう? 真実の光を覆い隠し毒蜘蛛の罠に易々と引っかかるように」