小説

『おやゆび姫 -後編ー』泉谷幸子(『おやゆび姫』)

 おやゆび姫は外に出てツバメにしばらくここにいると伝え、すぐまた家に入り、おばさんの口に水を含ませたり身体を清潔にしたり、柔らかいごはんを作って口に運んだりとかいがいしく世話をしました。そして数日後、おばさんはおやゆび姫に看取られながら、静かに息を引き取ったのでした。
 外に出たおやゆび姫を目ざとく見つけてツバメは舞い降りてきました。目に涙が光っているのに気付き、全てを悟ったツバメは背を見せて、こう言いました。
「おやゆび姫、お疲れ様でした。恩返しができたようですね。野ネズミさんは、きっとお幸せでおられたはずですよ。さて次はどこにいきましょうか」
 おやゆび姫が思い出したのは、モンシロチョウでした。ハスの葉に乗って小川を流れていくおやゆび姫がモンシロチョウにひもをつけて引っ張ってもらっていた時、突然コガネムシにさらわれたので、モンシロチョウはハスと繋がれたまま飛び続けなければならなくなったのです。その後どうなったか考えると、身震いする結末しか思いつきません。それでも、探したい。おやゆび姫はツバメにそのことを話し、小川を探すことにしました。
 小川は、少し飛んだらすぐに見つけることができました。ツバメはほとりを低空飛行し、流れにさかのぼってできるだけゆっくり進んでいきます。時々は戻ってもらい、目をさらのようにして探していたおやゆび姫はあっと小さな声をあげました。小川の岸にあったのは、見覚えのある青いひも。そこに繋がれていたはずの、本体のないぼろぼろのわずかな白い羽根。かわいそうに、モンシロチョウは自力で陸に上がったものの、そこで力尽きてしまったのでしょう。おやゆび姫はツバメから下り、涙を流しながら本体のないモンシロチョウに詫びて土を掘り、触ってバラバラになった白い羽根をできるだけ全部かき集めてそこに入れ、土でふたをしました。この犠牲のもとに自分は南の国で幸せな生活を送っていたのだ。罪の上に幸せを乗せて楽しんでいたのだ。モンシロチョウが死んでしまった今では、お詫びもできない。おやゆび姫は、ただ泣き続けることしかできませんでした。
 それからおやゆび姫は、ツバメの背に乗って家に戻ることにしました。おやゆび姫には確信がありました。この小川の先にある市街地の、時計塔が正面に見える家、それこそがあの優しいお母さんのいる自分の家であることに。
 おやゆび姫は、昔の幸せな生活を思い出します。お昼には花に囲まれた水の入ったお皿の中で、白鳥の毛で作ったオールを使って花のボートで遊んでいました。夜にはクルミの殻を半分に割ったベッドにスミレの花びらを敷き、バラの花びらを布団にした小さいゆりかごで眠るのです。お母さんはおやゆび姫をとてもかわいがり、美しい顔やきれいな歌声、優雅な物腰を褒めてくれたのでした。
 ツバメは勢いよく市街地を飛びまわります。時計塔はすぐに見つかりました。その正面の家にすいっとたどり着き、ふたりは様子を伺います。

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