小説

『後日譚』遠藤大輔(『山月記』)

「最後にあいつ、『自分は死んだことにしてくれ』って言うんだ。俺はヘタなこと言って人様の家庭や人生を壊すことはできないからそんなことはできないって断ったら、せめて会ったことを言わないでくれって言うんだ。その場は『分かった』と言ったけど、これは真っ先にあなたに伝えるべきだと思った。本当はあいつだって伝えて欲しいと思ってるに違いないと俺には思えたんだ」

「歩けていましたか?」

 男は予期しない質問に不意打ちを受けた。

「あの人どれぐらいの速度で歩いてました?」
「どれぐらいって普通ですよ。多少酔っぱらってはいましたが、普通に歩いてましたよ」
「よかった。最後に会った時、歩けなくなっていたから」
「足悪いの?」
「いえ、そういうわけじゃありません」

 男はすぐに理解できなかった。旦那が生きていることが分かって嬉しくないのだろうか。考える間もなく、女が語り始めた。

「あの人、記者時代に沢山嫌なものを見たんです。殺人や汚職や災害や。あなたの言うとおり、心を病んでました。『人が苦しむ姿で俺は飯を食ってんのか』と言ってました」
「それはあいつの考え方の問題。ジャーナリストの使命は社会で起きている惨状を伝えることにある。自分は関係ないと思っているお偉いさんや、権力者たちにみせしめる必要があるんです」
「そうかもしれません。ただ、あの人はそれが嫌になったんです。荒んでどうしようもなかった時、物語を書き始めたんです。なんてことのない話です。急に雨が降ってきて、少年が近くにあった傘を持っていっちゃうんです。でも家に帰ってから自分の傘を持ってその傘を返しにくるんです。するとちょうど傘の持ち主がいて、黙って受け取る、そういう物語を書いてました」

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