小説

『後日譚』遠藤大輔(『山月記』)

「それでそのまま久しぶりに酒を酌み交わしたわけ。今なにしてるんだ?と聞いたら水産工場で働きながら、ずっと書いてるんだという。しかしどこかに投稿しているわけでもないという。誰かに依頼されたわけでもない小説をずっと書いてるんだという。まさか売れるまで家族に会わない気なのか?って聞いてもそういうわけじゃないという。じゃあなんで会わないんだ?と聞いても答えないんだ」

 女はまたうなずいている。

「一番悲しかったのはね、あいつ、俺にあなた達家族のことを一切聞いてこないんだよ。そりゃ俺だってこうして奥さんに会うのだって10年ぶりだよ。けど心配するのがそりゃ心情ってもんでしょ。どうしてるとか、病気してないかとか、お金に困ってないかとかそういうのを真っ先に聞くもんだと思ったら、話すこと話すこと全て自分のことばかりなんだ」

 男は女が反応しないので、自分に悪意が込み上がってきたことを感じていた。

「やれこないだは何の本を読んだ、やれ何の映画を観てどうだったとか、ずっとその話ばかりをするんだ。俺は見かねてね、そりゃあんまりだ、事情があってこうなってるのかもしれないが、それでもどうして家族のことを聞いてこない?どうして心配しないんだ?と責めても全く聞く耳を持ちやしない」

「はい」

「あいつは心が壊れちまったんだと思ったよ。国立大学を出て、いい会社に入って、いい仕事をしてきたから、田舎で水産工場の仕事なんてやってられないんだろうって。優秀すぎたんだろうね。だから挫折に慣れていない。そういう人は少しの壁にぶちあたったちまうとすぐに折れちまう。しなやかさがないんだ」

「ええ」

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