「よ、よくない! わたしはあなたに、友達と自由に遊んで、いっぱい勉強して、いいところに就職して、それから……」
「なんだよ」
「……また一緒に、暮らしたい。一緒にご飯を食べて、お話ししたい」
男は冷徹に問いかけました。
「その願いを叶えたかったら、どうすりゃいいか分かるよな?」
千鶴はぽろぽろと溢れる涙を、灰色に汚れた小紋の袖で拭いながら、
「いい織物を、作ります」
「チッ。最初からそう言えよ」
男がきびすを返します。
また暗いコンテナに閉じ込められ、休みなく機織りを続けなければならない……そう考えた瞬間、絶望が千鶴を飲み込みかけ、
「あぁ、そうだ」
男は振り返って千鶴の頭をなで、明日の天気を告げるような調子で言いました。
「愛してる。おれが就職できたら、結婚しよう」
瞬間、千鶴の脳細胞に、快楽物質のスコールが降り注ぎました。筆舌に尽くしがたい多幸感が、血管を通って全身に伝播します。
……やっぱり、このひとにはわたしが必要なんだ。
ハイエースに乗り込んだ男が、廃材置き場を去っていきます。
千鶴は男の「結婚しよう」の一言を頭のなかでエンドレスリピートしながら、コンテナの扉を閉めようとしました。が……。
トンッ……トン……カッタン。
どこからか、聞き慣れた音が聞こえてきました。幻聴ではありません。
勝手にコンテナの外に出たと知れば、男は激怒するでしょう。悩んだ末、千鶴は眦を決し、外に出ました。どうやら音の出処は、三つ隣のコンテナのようです。
「誰か、いるの?」
音がやみ、か細い声がしました。
「……千……鶴……?」
「つ……鶴子?! わたし、千鶴だよ!」