小説

『千鶴残酷物語』hirokey(『鶴の恩返し』)

「それは災難ですね。こんなところでよければ、どうぞ、泊まっていってください」
 それから千鶴は家に上がり、ストーブで暖を取りながら、男の身の上話を聞きました。語り終えた男は、申し訳無さそうに、
「……おればかり話してしまってすみません。こんな話、聞いていてもつまらないでしょう」
「いえ……会社を辞めてまでお父様の介護をして、最後を看取ったあなたは、とても……とても立派な人間だと思うわ」
 罠にかかったわたしも助けてくれたし……という言葉を、ギリギリのところで飲み込みます。千鶴は無意識のうちに、こんな言葉を口走っていました。
「この家に、機織り機はあるかしら」
 直後、千鶴は己の失言を悔います。時は二十一世紀。機織り機なんてあるわけが……。
「ありますよ」
「あるの!?」
「ええ。この小屋を借りたときに、最初からおいてあったんです」
 隣の部屋には、確かに家庭用機織り機がおいてありました。
「泊めてもらうお返しに、織物を作るわ」
 男は遠慮しましたが、千鶴は彼を押し切る形で、部屋に閉じこもりました。お約束も忘れません。
「わたしが機織りをしているあいだは、絶対にこの扉を開けないで」
 夜、男が寝床についたことを確認してから、千鶴は鶴の姿に戻りました。
 トン、トン……カタン。
 千鶴はくちばしで自分の羽を引き抜き、適当な間隔で、模様を描くように羽を織り込んでいきます。
いまなら、母の言葉の意味がよくわかります。
『いつかあなたにも、この身を捧げたい、と思えるようなオスが現れるわ』
 千鶴は、自分の命を救ってくれた男への慕情を、認めざるを得ませんでした。
 羽を抜いて小さな痛みを覚えるたび、彼女は幸せそうにため息を吐くのでした。

 翌朝。
「す、すごい……これをたった一晩で!?」
 男は目をむいて、手の中に広がる反物の手触りを確かめていました。
 千鶴は言いました。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13