男はいやらしく唇を歪めます。
「おまえら鶴ってやつは、本当に傑作だ。どいつもこいつも、おれのことを、自分を傷つけた猟師とは別の『良い人間』だと信じて、恩返ししにやってくる。あとは適当に考えた辛い過去を語って同情を引けば、ほら……おれに無償で奉仕する鶴の一丁上がりってわけだ。一度心を許させれば、あとはちょろっと甘い言葉をかけるだけで、自分の羽を素材にせっせと商品を作り続ける。鴨が葱を背負ってくるなんてレベルじゃねえ」
男はあたりに散在するコンテナ群を眺め、
「もう気づいてるだろうが、この計画は、おまえらがはじめてってわけじゃない。最高で五羽、同時に飼ってたこともある」
千鶴や鶴子の前任者たちの最期を思って、千鶴は胸が締め付けられました。
「そうだな……商売も軌道に乗ってきたし、いい機会だ。おまえらには特別に、もう少しまともな作業場を用意してやるよ。真面目に働きさえすれば、飯も睡眠時間もたっぷりくれてやる。なあに、観客の来ない動物園みたいなもんだ、悪くねえだろ……おい鶴子、千鶴を連れてこっち来い」
この期に及んで、男はまだ鶴子が男に従うと思っているのでしょうか。しかし、鶴子の口から飛び出したのは、
「はい。いま、行きます」
……鶴子、なんで?
千鶴は逃げようとしましたが、それよりも早く鶴子の両手に捕まえられました。
「いい子だ、鶴子。あとでご褒美をやる」
「嬉しい……」
鶴子の顔が蕩けます。鶴子の洗脳は解けていなかったのでしょうか。
絶望に囚われた千鶴の耳に、「安心して」という、静かな声が聞こえました。
「あっちだ」
男があごで車の場所を指した、その瞬間。
鶴子が人間から鶴に変身しました。鶴子は、いびつな形の翼を痛々しくばたつかせ、男の顔に飛び付きました。
「なっ、何しやがる!?」
鶴子はくちばしを、男の顔面になんども突き立てました。そのうちの一撃が、男の急所を捉えます。
「ぎゃあぁあッ、目が、目がああぁぁァ!」
片目を失った男が、めちゃくちゃに腕を動かして、鶴子を振り払おうとします。
「クエェェッ!」
――千鶴、あんたは逃げて!