千鶴は自分の過去を省みました。
……罠にかかったところを救われて、純粋でお人好しな印象を植え付けられて、あの男が放っておけなくなって……気づけば、立場が逆転していた。
「その末路がいまのわたしたち。朝から晩まで、機織り機に向かって、自分を犠牲に反物を作り続ける……」
千鶴は鶴子の手を取りました。
……とにかく、この場を離れなくちゃ。
しかし、千鶴の手は鶴子に振り払われました。力なく垂れた鶴子の腕は、まるで枯れかけた枝垂柳のようです。
「まだ分かんない? あたしは自分の意志でこの場所にいるの。あの男に、いいようにこき使われてるなんてこと、ずっと前からわかってる。でも、ここにいれば、こんなあたしにも存在価値が生まれるの」
鶴子は笑いました。声量の大きさと表情の乏しさの乖離が、狂気を醸し出していました。
千鶴は考えました。本当に自分のことが嫌いで、ここで一生を終えるつもりなら、鶴子はさっき、コンテナの扉を開けなかったはずです。
千鶴は人間から鶴の姿にもどり、思い切り羽で鶴子の頬を叩きました。人間の平手打ちとは比べ物にならない威力です。あっけにとられている鶴子に、千鶴は思いの丈をぶつけます。
「クエエェッ、クエェェエェェッ」
――たとえ鶴子に嫌われても、わたしにとって、鶴子は親友。どんなに時間がかかっても、また鶴子が飛べるようになるまで、リハビリに付き合う。だから、一緒に自然に帰ろう。
鶴子の痩せこけた頬に、つーっと、涙の粒が伝いました。
……さあ、鶴の姿に戻って。
千鶴の思いが、鶴子に通じかけた次の瞬間、鶴子は金縛りにあったかのように、一点を見つめたまま、がくがくと体を震わせ始めました。千鶴が振り返ると、闇の中に、猟銃を構えた男の姿が浮かび上がっていました。
……嘘、でしょ?
「帰ったはずの俺がどうしてここにいるか、わけが知りたいか? 千鶴、おまえの携帯にはGPS発信機能がついてる。おまえがコンテナの外に移動したら、おれの携帯が鳴る仕組みになってるんだよ」
男は千鶴と鶴子を交互に見て、愉快げに言いました。
「ま、真実を知っちまったんなら仕方ない。全部話してやる……一年前、おれはリース・クレインってブランドを立ち上げた。商品は鶴羽を織り込んだ手製織物だ。老い先短い爺婆は金に糸目をつけなくてよ、中でも千鶴……おまえの反物は、馬鹿みたいな高値で売れた。そうだな、だいたい――」
続く男の言葉を聞いて、千鶴は唖然としました。それはかつて男が告げた売却価格の、百倍は下らない値段だったからです。