小説

『僕は普通のサラリーマン』二月魚帆(『シンデレラ』)

『あなたは、選ばれる』

 そんなキャッチコピーだった。マスコットキャラクターはシンデレラをイメージした二頭身の女の子だったか。
 そのサイズに合う者同士で出来た子どもは遺伝子的に多種多様の才能を備えていると、どっかの科学研究所でわかったそうだ。
 ガラスの靴、というのは素材の変形やストレッチ効果などでサイズにばらつきが出ないようにするためだと、ネットの記事で見かけた。その人達の生活を優遇し、子どもの才能を国を上げて育てようとかそんなことだったか。
 ただ、そんなことが僕らの生活をいかに楽にしてくれるのか。
 僕は年功序列体質の会社で、正社員雇用のシステムエンジニアをやっている。けれども、ろくにシステムエンジニアのシの字もわかっていない年寄り幹部のせいで、役職も給料だってあがる見込みもない。僕は大卒で入社し、もう三十路だと言うのに肩書のない白さの目立つ名刺を配っている。ひとりで食べて行くにはまあまあぎりぎり貯金できるくらい、結婚なんてことになると不安が募るばかりだ。まあ、僕には人生で一度も彼女がいたことがないけれど。
 正社員がなんだ。くそくらえだ。
 そのベストな遺伝子を持つ人達の才能云々よりも、今生きている僕らのことをなんとかしてくれよ、とつい思ってしまう。国を動かす偉い人達の先を見据えているって、一体どこから見た先のことなのだろう。
「わたくしどもは各都道府県、町単位で分担して独身男性、女性宅をあたり、その政策を進めておる次第です……と言っても、大きな声では言えませんが我々は派遣社員なんです」
 うさんくさい男は困ったような顔をして、首から下げたネームストラップを僕に見せる。そうか、この人は派遣社員なのかと僕は少しだけ優越感を覚える。でも、僕よりイケメンだし、仕立てのいいスーツを着ているから彼のほうが勝ちなのか。彼のような容姿だったら、女の子がなんとか生活させてくれるかもしれない。
「履けば、解放してくれるんですね?」
 僕は順当に下がってきた気持を引き上げるように、眉を上げて尋ねる。
「もちろんです」
 男の言葉を信じて、さっきようやく革靴に収まったばかりの片足を脱ぎ、恐る恐る地面に下ろされたガラスの靴に足を差し入れる。
 もしサイズが合ってしまったら。
 僕の生活は国によって全く違うものに様変わりしてしまうのだろうか。僕は普通の地味なサラリーマンじゃなくなるのだろうか。

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