ズキン、再び頬に痛みが走る。先程までなんともなかったのに、今になって急に痛みを鮮明に感じる。なぜ自分がこのような痛い目を見なくてはならないのか、いったいどれほどの人があの男の前に苦しめられてきたのだろうか。
「守らなければならぬ」と下人は思った。体が妙な正義感に包まれるのを感じた。
谷底は相変わらず深い闇に支配されている。仲間とはぐれたのであろうか、鳥が一羽悲しげな声で鳴いている。日はすでに暮れかけており御坂峠は朱色に染まった影を落とし始めていた。
「籠を降ろせ」守の叫ぶ声が聞こえる。しかし下人はふんっと鼻を鳴らすと平茸の詰まった籠を背負いどこかへと消えてしまった。
後にはただ男の声が響き渡るだけである。