小説

『約7000羽』大前粟生(『ヨリンデとヨリンゲル(グリム童話) 』)

 

 その部屋の扉を開けると、壁があった。そう思うよりも早く、僕の体は壁に包まれた。壁は蠢いていた。羽は折り重なり、互いに突き刺し、突き刺されあっていた。どれが私の羽で、どれが他の小夜鳥の羽なのかわからない。扉が開いたとき、色たちは空気を求めて流れ出た。私が廊下を渡っていたとき、空気のたわみを感じた。あの部屋が開かれたのかもしれなかった。老婆の体を置き去りにして、羽ばたいた。壁が解けていく。口に壁のかけらが入り、傷口に突き立っていく。しばらく僕はそこに立っていた。体を支えるだけで精一杯だった。部屋の入口で固まった羽のかたまりが、少しだけ速やかに流れ出したとき、舟のように揺れながら落ちる羽の隙間に、あなたの顔が見えた。扉が開かれていた。洪水のように羽が廊下に流れ出していて、私は翻弄された。壁だと思っていたものは羽であって、一枚一枚にばらけると羽にはなんの手ごたえもなかったが、手に持っていた赤い花が折れていた。私は風に吹き飛ばされて、廊下の壁に体を打ちつけた。しばらくそこにじっとしていた。無理にでも老婆の体を引っ張ってこれば、堪えることができていたのに。あなたは老け込んでいた。まるで何年も私を探し続けてきたようだった。頭はひっかかれたような形に禿げていて、口元にはミミズ腫れがあった。赤色から髭が生えていた。そこにある髭は生きものみたいで、他とはちがっていた。その部屋のなかには鳥がいた。無数にいた。鳥カゴが壁に並べられていたり、天井から吊るされていたり、床に埋め込まれていたりした。このなかに、彼女がいる。廊下には、羽に混じってなにかが落ちていた。近づいてみるとそれは、歯だった。歯の向こうに、赤い花弁が何枚か落ちていた。何百羽もの小夜鳥がいて、どれが彼女かわからなかった。このままあなたが私を見つけずに、立ち去ればいいと思った。老婆の体が追いついてきた。私は叫んだ「その男を許してはいけない!」このよぼよぼの体から出た声は、届いただろうか。僕は叫んだ。「どこにいるの? ねぇ、いっしょに帰ろう。もう、あいつの目は気にしなくていいんだ。僕とあいつは仲直りしたんだ。あいつがここまで導いてくれたんだ。きっと目を瞑ってくれるさ、僕たちは愛合えるんだよ。だから、隠れてないで、出ておいで」彼は部屋の奥にいる小夜鳥たちに向かっていった。彼は私の側を通り過ぎている。私が作ったはずの家なのに、永遠に部屋にたどり着けないような気がした。だれかに見られていて、だれかの思い通りに動かされている気がした。

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