小説

『与吉と台風』襟裳塚相馬(『画図百鬼夜行』)

 しかしなんとか舟を出したものの、海は大荒れ。台風は与吉をなかなか近づけさせてはくれません。
「妖怪め!どうしても俺に正体を見せないつもりか!」
 どんな風にも負けないと言われた傘はあっという間に吹き飛ばされてしまいました。
 遠くまで見えるメガネもこの雨では役には立ちません。
 そして与吉の乗っている頑丈な舟までも、ミシミシと音を立ててきました。

「あともう少しなのに、もう少しで台風の正体が見えるのにー!」
 あまりの悔しさで泣き出す与吉。そして舟もどんどん浸水してゆきます。
「くそう!もうダメだ!」
 そう叫びをあげたその時!

 突然舟の周りの波や風が一瞬で収まりました。
「えっ……ど、どうなったんだ?」
 今まで荒れたのが嘘のように海は静寂に包まれています。
 その様子に不思議に思いながも、辺りを見渡す与吉。
 そして上を向いた時!
「あっ!」

 与吉はその目を見開き、驚きながらも大声を出しました。
「み、見たぞ!俺はついに!台風の妖怪を見たぞー!」
 歓喜の叫びをあげ、与吉はすぐに筆を走らせます。
 がっ!

 その直後、再び荒れた海は巨大な波で与吉の舟に襲い掛かり、それ呑まれた舟は沈没してしまいました。

 数日後。与吉の舟の残骸を見つけた町人達は、与吉が死んだことを知りました。
「与吉さんは死んじまったか。結局、台風の妖怪を描けないまま……ん?」
 海岸を歩いていたある漁師は、波に打ち上げられた1つの竹筒を見つけます。
 そこにはしっかりと与吉の名前が書かれていました。

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