小説

『多元宇宙収束現象太郎』多憂唯果(『桃太郎』『一寸法師』『浦島太郎』『金太郎』)

 浦島太郎は漁師として、並の男よりは力がありました。そして彼には、並の男よりも優しさがありました。しかしそれより何より、彼は「悪意」や「敵意」には人一倍敏感でした。だから一も二もなく、金太郎から逃れようとします。しかし、熊にも勝る金太郎にかなうはずもなく、あっさりと首根っこをつかまれます。
「浦島太郎よ! わしは、わしは恐ろしくてたまらんのじゃ! 『結末』がないのが、なぜだか恐ろしくてたまらんのじゃ!」
 金太郎が何をしようとしているのか、浦島太郎は本能的に理解していました。だから、必死に止めようとします。
「や、やめとくれ! おらの、おらの『結末』は……」
 浦島太郎の声は、最後まで発せられませんでした。声を生み出す体と、声を発する頭が、金太郎のまさかりによって分かたれたからです。
 そして金太郎は、浦島太郎の抱えていた玉手箱を手に取ると、その蓋を開きました。

 金太郎は、生まれ育った山にいました。金太郎にとって、家ともいうべき山です。しかし、どこか様子が違うな、と思いました。家で暮らす人間が、自分の家の扉や階段や調度品のことをよく知っているように、山で暮らす金太郎は、自分の山の木や花や草のことをよく知っています。その「馴染み」をもって金太郎は、この山は自分の育った山でありながら、違う山のようだと、奇妙な感覚を覚えていました。
 不思議な現象はいまだ続いているのだろうか、と悩んでいるところへ、一頭の熊が現れました。山の動物たちは、金太郎にとって家族同然の存在です。しかし、この熊のことは見たこともありません。別の山から紛れた熊だろうか、と金太郎は推測しました。しかし全く知らない熊にしては、妙な「親しみ」も感じました。山に対する「違和感」も、熊に対する「親しみ」も、金太郎には正体がつかめませんでした。
 熊の方は金太郎に「親しみ」のようなものは感じていないようで、警戒心をむき出しにして襲いかかってきます。こうなっては仕方ない、この熊を倒してから考えよう。
 そう思って金太郎は熊を迎え撃ちますが、思ったように体が動かず、思いもよらずあっさりと、金太郎は熊に殺されてしまいました。

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