辺りはいつの間にか、夜になっていました。桃太郎達に夜が来たのか、桃太郎達が夜に行ったのか、それはもうわかりませんでした。語り始めた頃の深い森よりは、少し開けた森の中、語り疲れた桃太郎達は、たき火を囲んで眠っています。
一人だけ、眠っているふりをしている者がおりました。一寸法師です。一寸法師は起きあがると、他の三人が眠っているのをさっと確認し、静かに桃太郎へ近づき、体を慎重によじ登り、その胸に針を突き立てます。
その瞬間、自らを弾こうとする桃太郎の右手を、一寸法師は間一髪で跳んでかわします。
「貴様、何をしている」
桃太郎の問いかけに、一寸法師は、その尋常ではない小さな体躯に見合わない、低く唸る声で答えます。
「俺には見えたのだ。見えたのだ。物語の『結末』が。お前には見えなんだか」
「……見えた。私にも、確かに『結末』見えた」
「ならばわかろう。俺が、俺がやろうとしているのは、『鬼退治』だ」
「何が『鬼退治』か。鬼は貴様の方であろ。無防備な者を平気で襲う卑劣さこそ、その証左ではないか」
「無防備……。お前に無防備なときなど、ないように見受けられるが」
いつの間にか、浦島太郎と金太郎も目を覚まし、二人の対峙を見守っていました。いえ、見守っているのではありません。浦島太郎は、恐怖で目が離せず、金太郎は、「見張って」いるのでした。
桃太郎と一寸法師の刃と刃、刀と針が金属音をあげて交わります。それを合図にしたかのように、浦島太郎は我に帰り、玉手箱を抱えて逃げ出しました。そして金太郎は、浦島太郎を追いかけます。
しかし、浦島太郎はすぐに小石に躓き、倒れてしまいました。その拍子に玉手箱も浦島太郎の腕からこぼれましたが、不思議と蓋が開くことはありません。金太郎も浦島太郎を追うのをやめ、桃太郎と一寸法師を振り返ります。金太郎はまだ、十分に二人を見ることのできる距離におりました。浦島太郎を追って目を離した時間は、極々わずかです。しかしその僅かの間に、一寸法師は姿を消し、桃太郎一人がその場に立っていました。
果たして、桃太郎が勝ったのか。金太郎がそう思って見ていると、桃太郎の口元から、一筋の赤い血が垂れ流れ、桃太郎は受け身もとれず地面に倒れてしまいます。かと思うと、倒れた桃太郎の口から、一寸法師が這い出てきたではありませんか。一寸法師は息を切らし、脱力しています。
一寸法師はその小さな体躯を生かして、口から桃太郎に入り、体内から攻撃をしかけたのです。あの小さな針で致命傷を与えられるほど、桃太郎の深く深くにもぐったのです。一歩間違えれば、命を落としたのは一寸法師だったでしょう。