小説

『多元宇宙収束現象太郎』多憂唯果(『桃太郎』『一寸法師』『浦島太郎』『金太郎』)

 桃太郎もこれに気づき、娘を捜して辺りをきょろきょろと見回します。争いをやめたはいいものの、どうも自分の制止にひるんだわけではないらしい。なにやら様子がおかしいと気づいた金太郎が二人に声をかけようとしたそのとき、亀の背に乗った浦島太郎が海から上陸しました。黒く重厚に光る玉手箱を抱えた浦島太郎は、砂浜に立つ桃太郎達を見て驚きます。
「な、なんだおめぇら、余所もんだな。おらの村になんか用か」
 金太郎が乗っていた熊は、いつの間にか姿を消していました。金太郎は、熊をきょろきょろと探しながら、先ほどの桃太郎たちが置かれていた状況を理解しました。

 平行して無数に存在する宇宙は、桃太郎達を基準として収束していました。そして桃太郎達収束点は、弾かれた振り子が揺れ動くのと同じように、収束の衝撃によって、宇宙の他の部分を置き去りにして動き続けていたのです。
 宇宙という概念すら知らない桃太郎達が、この現象を追求することはもちろんありません。しかし、桃太郎達は互いに出会うことで、一つの漠然とした真実に気づき始めていました。性別・言語・身分。あらゆる共通点は人間を分類します。共通点をもつ者と出会うことで、桃太郎達は、犬や猿や雉や、おじいさんやおばあさんや、亀や熊とは異なる、自分たちの立ち位置を漠然と自覚し始めたのです。
 周囲が海から変わり、浦島太郎を乗せた亀がいつの間にかいなくなり、そして何度か風景が変わっていくうちに、桃太郎達は自覚していったのです。そして深い森の中、桃太郎達は互いに自らのことを語り出しました。深い森でなくなっても、所構わず、語り続けました。
 桃から生まれて、鬼ヶ島に鬼退治に行ったこと。大きなお屋敷の娘にお供して、旅をしてきたこと。熊と相撲をとったことや、木を倒して橋にしたこと。亀を助けて、竜宮城へ行ったこと。
 桃太郎達が語り合ったのは、親しく交友しようと思ったからではありません。心細かったからでもありません。それでも桃太郎達は、語らずにはいられませんでした。
 自分たちがどのような存在であるか気づくことは、自分たちの「物語」の重要さに気づくことでもあったからです。宇宙という概念すら知らない桃太郎達には、どのような現象に巻き込まれているか、理論立てて検証することなど不可能でした。ましてや科学的にこの現象を解決することなど、到底不可能でした。しかし語り合いながら桃太郎達は、物語が『結末』に向かっていることを感じていたのです。

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