家の前に着くと、灯りがついていた。
「そうだ!今日は、お母さんたちがシンガポールから帰ってくる日だった!」
玄関のドアを開けるとすぐに、お母さんの声がした。
「汐穂?おかえり~、どこに行ってたの?」
「えっと、友達とカラオケ。で、どうだった?」
「楽しかったよ~!写真見る?ちょっとお父さ~ん、写真すぐに映せる?」
奥の部屋からお父さんの声も聞こえてくる。
「お母さん、お父さんの短パンがないんだけど……」
「もう、お父さん、ちょっといいから、先にお土産と写真!」
なにげない、いつも通りの家族との会話……。でもそれは、汐穂にとっては、1週間ぶりどころではないくらい、懐かしいものだった。
ふと、携帯の着信に気付いた。神崎だった。汐穂は、自分の部屋に移動しながら返事をした。
「はい」
「あ、汐穂ちゃん?あれからサークルの集まりにも全然来ないし、どうしたかな~と思って。いや、別にいいんだけど、ちょっと気になったから」
遠慮がちな声を聞きながら、汐穂は、これまで目を背けてきたけれど、神崎に惹かれ始めている自分の気持ちに、はっきりと気付いた。海翔の代わりではなく、神崎という一人の人に……。
もしかしたらいつか、王子の花のように、“特別”になることもあるのかもしれない。お互いに“世話”をすれば……。そう考えてみたら、1週間、共に過ごした王子の様子が思い出されて、クスッと笑顔になれた。
「神崎さん、私、明日は行きます」
「あ、そう?それなら良かった。じゃあ、明日ね」
「あ、神崎さん、明日終わってから、時間ないですか?」
「え、明日?うん、あるけど」
汐穂の胸には、王子の言葉が浮かんでいた。大切なものは、心で見なくちゃ……。
窓の外には、紫陽花の葉が青々と茂り、力強く、夏らしい姿を見せている。汐穂の大学3年の夏休みは、まだ始まったばかりだ。