「このあたりかな……。大丈夫、もう話は済んでいるから」
「話?」
「うん。シホ、あのね、大切なものはね、目には見えないんだよ。心で見なくちゃ」
「なんのこと?」
「あの花はね、僕が世話をしたから特別になったんだ。だから僕に責任がある」
「責任?」
「だから帰らなきゃ」
「帰るって?」
そのとき、白く強い閃光が空から差し込んだ。汐穂は驚いて身体を斜めによけ、眩しさに手をかざした。光には温度はなく、すぐに消えた。しだいに目が慣れてきたとき、そこにはもう、王子の姿はなかった。
汐穂は、カラオケ店の前にぽつんと立ち、きっとこれはもう、どうにもならないことなんだと、なんとなく理解した。
あの日……、神崎の告白におちゃらけた態度をとり、飲み過ぎた翌日、金髪の海翔が突然現れて、共に過ごした1週間……。
汐穂は、二人で行った7つの場所を順番に思い出しながら歩き始めた。図書館、公園、ディズニーランド、映画館、ショッピングセンター、お台場の海、カラオケ……。全部、海翔と「元気になったら行こうね」って言っていた場所……。王子の笑顔……。
「海翔……」
汐穂は、夜空に向かって話しかけた。
「王子だけど、王子だったと思うけど、海翔と一緒に行こうねって言ってた場所、全部行ったよ」
汐穂の頬に涙がつたった。
「海翔がいなくなっちゃって、聴けなくなってた、“365日”も、やっと聴けた。そしたらね、はじめて、自分の悲しみと向き合えた気がしたの。海翔が死んじゃって、本当に本当に悲しいよって。寂しくて寂しくて、たまらないよって。その気持ちに素直になれたの」
星々の瞬きに、王子の笑い声が聞こえた気がした。