河川敷に腰をおろし、結衣のことを考えた。僕達はこの河川敷でたくさんの話をした。ほとんど毎日一緒に帰っていたから、結衣のことはよく知っている。好きな食べ物、昨日見たテレビ、テストの点数…。でも、学校のない日にわざわざ待ち合わせをして結衣に会ったことはなかった。学校の帰り道、僕達は一緒に帰って、この場所で話をしていた。ただそれだけの関係だった。本当は、僕は結衣のことなんて何も知らなかったのかもしれない。
制服の左ポケットに手を入れた。ポケットの中にある感触を確かめ、覚悟を決めた。僕には、結衣に話さなければいけないことがある。
結衣が転校してきた日のこと。あの日のことは今でもよく覚えている。艶のある黒髪、丸くて大きな瞳、薄ピンクの唇、華奢ですらりと伸びた手足の転校生は、小さな声で「よろしくお願いします。」と言った。教室の中が一瞬にして明るくなった気がして、眩しくて目を細めた。前の席の小倉が「めちゃくちゃ美人じゃん」とニヤニヤしながら後ろを振り返ってはっとした。息をするのを忘れていた。一目ぼれだった。転校生としてやってきた結衣を見て、僕はその瞬間からずっと彼女に恋をしていた。
あれからいつも僕は結衣の横顔ばかり見ていた。あんなに毎日一緒にいたのに、結衣の顔を正面から見たことはあまりないような気がする。結衣は僕を見てくれないけれど、それでも僕は結衣のことが好きだった。結衣はこの気持ちに気づいていただろうか。
「結衣に言わなきゃいけないんだ。あの日のこと。」
僕は携帯電話を取り出し、祈るような気持ちで結衣に電話をかけた。お願い、つながって。10回目の呼び出し音で、結衣の声が聞こえた。
「もしもし。どうしたの?」
携帯を持っている手にぎゅっと力をこめた。
「よかった。話ができて。結衣に話さなきゃいけないことがあるんだ。」
もう一度、さらに力をこめて携帯を持った。
「僕は嘘つきだ。」
結衣は何も言わなかった。左ポケットの中に突っ込んだままの手を抜いた。握りしめた手を広げ、持っていた自転車の鍵を見た。僕は続けた。
「僕は嘘つきで卑怯だ。でも、結衣と一緒にいたいんだ。」
結衣が転校してきて数か月たった日。図書室に寄っていて少し帰りが遅くなり、窓の外は暗くなり始めていた。生徒たちのほとんどは校舎に残っていなかった。荷物を取りに薄暗い教室へ行くと、結衣がいた。結衣は探し物をしているようだった。
「あの…どうかしたの?」
突然声をかけられてびっくりしたのか、結衣の肩が少しあがった。
「自転車の鍵なくしちゃったみたい。」
そのあと、僕達は一緒になって思いつく場所を探したけど、鍵は見つからなかった。実際には、結衣と一緒にいることが僕の気持ちを高ぶらせ、鍵のことよりも結衣のことが気になって仕方がなかった。