取引先の男の話によると、鈴木には娘がいたのだけれど、幼いころに事故で亡くしてしまったらしい。ちょうど、家族でたけのこ狩りに来たあとのことだったそうだ。そして娘を失った哀しみで弱ってしまった鈴木の妻も、後を追うように亡くなってしまった。
鈴木の娘は、生きていたら姫乃と同じくらいの年だったという。家族を亡くしていたことなど、知らなかった。会社では、鈴木はいつも穏やかに笑っていたのだ。
「昨年の四月。竹やぶからひょっこりと顔を出した姫乃さんを見た時、娘が帰ってきたのかと思いましたよ。大きな目も、白い肌も、黒々とした長い髪も、よく似ていて驚きました。ですから私は、まるでかぐや姫を見つけたおじいさんのように、ずっと、あなたを宝物のように思っていました」
姫乃は何も言葉を返せず、涙だけが頬をつたってコートに染みていった。
「娘は小さな時に亡くなってしまいましたから、私はろくに彼女の欲しいものを買うことができなくてね。だから何としてでも、姫乃さんの欲しいものは、手に入れたいと思っていたんですよ。チケットも、コロッケも。……そして、なくしてしまったネックレスも。完全に親のエゴですね。今まで迷惑をかけて申し訳なかったです」
首を横に何度も振り、姫乃は、
「……鈴木さん、会社を辞めてしまうんですか?」
と、つぶやくように聞いた。
「はい。親も年なので、いい加減、東京の実家の店を手伝わなくてはならないのです。出発までもう時間がないので、今日は午後休暇をとってネックレスを探しにきたってわけですよ。姫乃さん、東京に遊びに来た際は、ぜひ食べにきて下さいね」
そう言って、鈴木は手帳に住所と店の名前を書き、一枚破ってそれを姫乃に渡した。そこには、【下町もんじゃ スズキ】と書かれていた。
姫乃は渡されたネックレスとメモを、胸の前で握りしめた。
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