荒くつぶされたじゃがいもの中に、ふっくらとした黄色い粒が点々と入っている。確かにそれは、子供のころによく食べていた、タナカヤのコーン入りコロッケだった。
「一体、どうやってこれを……」
「お店を畳んだだけで、タナカヤの主人はまだそこに住んでいました。迷惑なのは承知で、会社のあとはもう一度コロッケを作ってくれるよう、毎日頼みにいきました。何だかんだで、一週間かかってしまいましたけれど…。長年サラリーマンをやっているので、こういうことは慣れてるんですよ」
「……どうして私のために、そこまでするんですか」
コロッケを見つめながらそう聞いた。すると鈴木は、
「あなたの喜ぶ顔が見たいからです」
と言って、にこりと笑った。
「そういうの、迷惑です」
包み紙を持つ手に力を入れて、姫乃は言う。くしゃっという紙の音がした。
「お願いですから、放っておいて下さい」
そして、姫乃は屋上を後にした。
うっかり、コロッケをそのまま持ってきてしまった。でも、一口かじったものを返すのも気が引けるので、これでよかったのかもしれない。誰もいない階段の隅で、姫乃はもう一度それをかじる。甘くて懐かしい、やさしい味がして涙が出そうになった。
鈴木が生活に入り込んでくるようになってから、調子がおかしくなってしまったと、姫乃は思う。ただのおじさんなのに、鈴木のことを考えると、どうして胸がつまってしまうような苦しさに悩まされるのだろう。今日は午前中、二回も初歩的なミスをしてしまった。女の上司はため息をつき、午後、姫乃を外回りに連れ出した。
「あなたが事務仕事をしていると、ほかの人の仕事が増えるだけだわ」
「申し訳ございません」
姫乃は取引先に向かって歩きながら、隣でヒールを鳴らす女の上司に頭を下げた。
「これから行くところは、大事な取引先なの。姫乃さんは、私のとなりに座ってニコニコ笑っているだけでいいから。それだって大きな仕事よ。よろしく頼むわね」
憂うつだと思いながら、姫乃は大きく息をすいこんだ。