「私が住んでいる町に、タナカヤという小さな精肉店がありました。そこのコーン入りコロッケを食べたいです」
「そんなのお安い御用だよ。すぐに買ってきてやる」
「……ただ、とうの昔にタナカヤは閉店しています」
そう言うと、みるみるうちに男の顔が引きつっていくのが分かった。
「わ、わかったよ。じゃあ、とにかくそれを持ってきたら、俺とデートしてくれるんだな」
「ええ」
男は力なく、先に歩いて行ってしまった。
これでさすがに諦めてくれるだろうと、姫乃は思った。
一週間後の昼休み。また情報を嗅ぎつけた男達は、こぞってコロッケを持って姫乃に寄ってきた。しかし、その持ってきたコロッケのどれもが、タナカヤのものではなかった。「代わりに、一時間並ばないと買えないコロッケを持ってきた」などと、要らない努力を主張して、袋を差し出してくる。
「ありがとうございます。しかし、申し訳ないですが受け取れません」
姫乃は踵を返し、屋上へ逃げた。すると、そこには鈴木がぽつんと、ひとりで立っていた。
「こんにちは、姫乃さん。ここへ来ると思っていましたよ」
姫乃は息を切らし、鈴木に近づく。
「お腹が空いているでしょう。はい、これをどうぞ」
鈴木が差し出したのは、懐かしい丸いコロッケだった。
どうしたって、信じられなかった。見た目が酷似しているだけで、別の店のコロッケに決まっている。だって、タナカヤはもう存在していないのだから。鈴木に促され、姫乃はそれを一口かじってみる。
「うそでしょう……」