小説

『私の欲しいもの』小嶋優美子(『竹取物語』)

「ありがとうございます……。ちなみに、どうやってこのチケットを取ったんですか?」
 そう聞くと、鈴木は後頭部をかきながら、
「数年前、取引先で仲良くなった方の息子さんが、どうやら芸能関係者のようで。頼み込んでみたら何とかなりました」
と言った。
「そうだったのですか……。ありがとうございます」
 その日、姫乃は初めて男からの贈り物を受け取ってしまった。

 眠る前、姫乃は自室の窓にひじをついていた。そして夜空に浮かぶ月にチケットをかざして、鈴木のことを思い浮かべる。
 昨年の四月。入社して割とすぐ、会社の親睦会としてたけのこ狩りに行った。姫乃は、その竹やぶの中で、祖母から貰ったネックレスをなくしてしまった。周りはもちろん探してくれたが、最後の最後まで諦めずに、土の中まで探してくれたのは、鈴木ただひとりだった。結局、見つかることはなかったけれど。
その後の仕事でも、鈴木は姫乃が失敗をした時は、さりげなく、そしてしっかりとフォローをしてくれた。彼のやさしさは、私への下心なのだろうか。そうでなければ、ふつうはそこまで親身になって動いてはくれないはずだ。ただ、ひとつだけ不可解なのは、彼が他の男とは比べられないくらい控えめなことだった。そう考えながら月を眺めていたら、その輝きが鈴木のひたいと重なった。

 翌朝、駅でしつこい上司の男と出くわしてしまった。姫乃はマフラーに顔をうずめて、足早に会社に向かって歩く。
「姫乃さん、どうしたってスミスのチケットは取れっこないよ。代わりに、別のグループだったらダメかな?」
 真夏のようにじっとりとした暑い気を巻き散らしながら、男は言う。
「もう、チケットは手に入りましたので必要ありません」
 姫乃は、ぴしゃりとそう返した。男は驚いたようすで何か言っていたが、風の音と混じって、やかましい鳥の鳴き声にしか聞こえなかった。
「そうしたら、ほかに欲しいものはないか?」
 もういい加減にしてほしい。しかしこれ以上、女のみならず男まで敵を増やすのも嫌だった。そこで、姫乃はこう言った。
 

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