小説

『鶴田一家』宮原周平(『鶴の恩返し』)

 それから翌月また3万円振り込んだ。自分が生きるために必要な額だけ稼ぐわけじゃなく、自分以外のだれかのために働いているような錯覚が、同じ日々の繰り返しに張りを与えていた。
 そして、次第に振込んだ日以外でもたまに電話がかかってくるようになった。話の内容は、最近ハマっていること、最近家の近くにできたドーナツ屋、最近の物騒なニュース、最近の…、そう過去の思い出は喋れないおかしな親子。だが、それだけで良かった。それだけで良かったはずなのに、しばらくこの関係が続いていくうちに一目会ってみたい気持ちが強くなっていた。しかし、会おうなどと言えば、この偽りの家族関係が崩れてレイナはどこか遠くへ行ってしまう。そうなるくらいなら…いや、でもまず父としてこの詐欺行為をやめさせるべきではないのか…
 そんなことを考えていたある日、テレビで振り込め詐欺グループが摘発されていた。
 まさか、レイナもあの中にいるのでは…警察に連行される人間一人一人を目で追った。もしかすると、私のかわいい一人娘があの中に…そして、一人容疑者の名前で『鷺谷 玲奈(さぎや れいな)35歳』という女性の名前が目に入り、それと同時にあまりお上品ではない巨漢の女性が建物から出てきた。
「思ってたのと全然ちがう…」
 無意識に言葉が口をでた。 違う!違う!俺の娘はもっと小柄で人生いろんな事を経験してやつれてこそはいるものの、どこか優しさと愛嬌のある子で、あんな半端ない目つきの熊のような威圧感じゃない!いやいや、待て。落ち着け、レイナは俺が適当につけた架空の名前じゃないか。この女ではない。絶対違う!そう自分に言い聞かせテレビを消し、天井を眺める。
 外の景色が夕焼けに染まりだし、私の気持ちも太陽と共に沈みかけていた頃レイナから着信があった。
「レ、レイナ?元気してるか?」
「え?うん、どうしたの?何かあった?」
 良かった。やはり、違った。しかし、さっきの映像を見るとレイナには、あーなってしまう前にやめてほしい。そうこう考えているうちにレイナが切り出した。
「お父さん…実は、子供を堕ろすの止めようと思って…、で息子と一緒に生きていこうと思うの…で彼からは養育費もあまり期待できないと思うのね…だからもう少しだけお金もらえると助かるな…それで落ち着いたらお父さんに孫の顔見せに…」
 そのあと、レイナが言った言葉は全く頭に入ってこなかった。当たり前だ。俺はただの金ズルでそれ以上でもそれ以下でもない。壊れるのを恐れていた関係などはなから無いのだ。独身貴族の優雅な遊びは終わりだ。
 

1 2 3 4 5 6