小説

『鶴田一家』宮原周平(『鶴の恩返し』)

「お父さん、ちょっと相談したい事があって…」そう私の娘と名乗る女から電話があった。

 私に娘はいないし、結婚したこともない。両親も他界し、特に趣味もなく、電車が通ればチワワのように小刻みに震える、親の残した小さな一軒家に住む、ただただ毎日を消化する52歳のつまらない男だ。

 娘と名乗る女は続けた。
「あ、携帯の番号変わったの。落としちゃって…それで相談なんだけど…今少しお金が必要で…」
 そういうことか。女性の振り込め詐欺は珍しいな。
「何かあったのか?」
「怒らないで聞いてね…自分でも本当にバカだと思ってるんだけど…私一人じゃどうしよもなくて」
「だからどうしたんだ?」
「…妊娠してはいけない人の子が出来てしまったの」
 本当の親だったらどんな気持ちなんだろうか。なんとなくは想像できるが、たぶんその何倍も胸を締め付けるものなんだろう。
「不倫か…子供は堕ろすのか?」
「うん…で、その費用と不倫の示談金で150万ちょっと振り込んで欲しいの」
「そうか…わかった、払うよ」
「えっ?」驚く娘役の女。
「レイナのためだ」咄嗟に目に入った昼のワイドショーに出ている芸能人の名前を言ってみた。
「本当、小さい頃からお前には手を焼くよ。人様にまで迷惑かけて…でも、お前は母さんが亡くなってから残る唯一の家族だからな…うぅ」
 涙声にしてみる。若いころ役者を夢見ていた。その夢から覚めた生気のない男が部屋の片隅の鏡に映る。こんなはずじゃなかったのに。
 レイナ役の女は続ける。
「ありがとう、お父さん。これで全部綺麗さっぱり終わらせるから。そしたら、ゼロからやり直して、お父さんに恩返ししに行くから」
「その言葉だけで十分だよ。ただ、急にそんなお金ってなるとな…お父さんもそんなに余裕があるわけではないし…月々3万程度のお金でも大丈夫か?」
言葉につまるレイナ役の知らない女。
 

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