「ゴールってどこにあると思う?」
唐突の問いに小山はきょとんと二人を見つめ返してしまった。
「中学生の頃よくからかわれたんだよ。お前らは本当に『ウサギと亀』そっくりだって。」
「マラソン事件があったから特にな。」
頷きながら宇佐美専務が同意した。
「そのせいで何かっていうとついつい張り合ってしまうんだが、俺はいったい いつ、こいつに勝ったことになるのかな。ってな。」
人生は続いていくからねえ。と亀山専務も相づちを返した。
「きっと一生二人でこんな馬鹿なことをやっていると思うんだけど、ここでもう一度、スタートラインに立たないかって話になってね。」
鼻の奥がつんと痛んだ。二人の眼は澱みがない。退職の意志の固さが小山にも十分伝わってきた。
「面倒かけると思うけど、後はよろしく頼むよ。」
「おまえなら大丈夫だろ。」
一転笑顔になり、二人で代わる代わる小山のグラスにビールを注いだ。小山はすでに涙目になっていた。あの時握っていたゴールのテープは、ただただ楽しいものだった。それが今は、重い。それでもこれは自分が引き受けなければいけないのだ。小山はビールを飲みほし、二人にビールを注いだ。
それがたった五日前のことだった。それから三日後の一昨日、暴走車が会社のフロントに突っ込んだ。運転手は重傷、危篤状態が続いている。車内から危険薬物が検出されたと警察が言っていた。車は、会社に突っ込むまでにも人を何人か跳ねており、死亡者二名、重傷者三名。フロント係は重傷ながらも意識ははっきりとしており、たまたま居合わせた宇佐美専務と亀山専務は即死だった。たまたま出かけていた取引先で小山はその事件を知った。
涙で二人の遺影は歪んでいた。惜しい人を亡くしたとか言う話じゃない。二人はまだこれからだったんだ。そう思うと熱いものがこみ上げてきて嗚咽が漏れた。
遺影の二人はいつもと変わらぬさわやかな笑顔を弔問客に向けていた。きっと天国でも変わらぬ掛け合いを楽しみながら、競争を続けているのだろう。小山は前屈みにうつむきながら遺影にそっと手を合わした。涙はいつまでたっても止まらなかった。