小説

『日出ずる村の記』虫丸尚(『聖徳太子伝記』)

 なぜなら、その日の朝、母がようやく昇った太陽を待ち構えていたかのように真っ白な着物を二枚、庭の物干し竿いっぱいに広げていたからだ。
母は、年に一度冬至の日にだけこの着物を干すのだという。冷たい風に、静かな陽光を浴びながら雪よりも白い絹の衣が、音もなく翻っている。食卓には、ナンキンの煮物が瀬戸の深鉢に盛られていた。
 真夜中、私は小便をすることを忘れて、家を出た。両親の後を追ったのである。しかも、気づかれぬように。身を切るような寒さが、寝間着をまとっただけの体にしびれた。白い影が二つ、小走りで東の坂を登る。急がねばならない理由があったのだろう。
両親は、岩倉神社の鳥居の下で立ち止まると、深々と一礼して石段を上がる。私は、その姿を目で追いながら、思わず息をのんだ。拝殿の前にはいくつも篝火が焚かれているらしく、赤い炎が揺らいでいる。時折、ざわざわとした言葉にならぬ声が耳にまで届いた。中には聞きなれたものもあった。
 石段の上が気になるが、登っている間は隠れる場所がない。もし誰かに見つかってしまっては一大事だと思った。私は、幼心に今から始まるオマツリが、大人たちだけの秘密めいた儀式であることを直感したのである。しかし、その恐怖に勝る抑えきれない好奇心が、私の心を駆り立てた。
 石段を避け、木々の間をよじ登った。何度も落ち葉に足を滑らせながら、境内の隅にたどり着いた。私は身をかがめ、じっと拝殿にうごめく白い集団を眺めていた。

 拝殿の東には大きな岩窟が口をあけている。中は、昼間でもほとんど見えないほど暗い。聖域を示し、立ち入りを禁じるしめ縄が入り口に張られていた。拝殿の広さは六畳くらいで、四隅に丸柱が建てられている。壁はなく、吹きさらしである。
 白いたくさんの人影に紛れてよく見えないが、どうやら拝殿の真ん中に一人座っている者がいる。顔は判然としない。しばらくすると、村の長老である隣家の長左衛門がざわめく人々の言動を制止した。あたりは静寂に包まれ、揺れる炎のぱちぱちと燃える音だけが聞こえた。一同は、拝殿の中でひざまずき、じっと岩窟を見つめている。先ほどまで座っていた人物だけが、一人立ちあがった。今度は、はっきりとその顔を見た。向かいに住む高校生の春夫である。
 幼い頃の私にとって春夫は、年の離れた兄のような存在だった。優しく、いつも遊んでくれていたのだ。だが、この日を境に、春夫はほとんど私の相手をしてくれなくなった。門口で顔を合わしても、春夫は軽く会釈するだけで、馴れ馴れしい笑みを浮かべなくなった。瞳の輝きは失われ、童心を奪われた春夫の身体には、何か得体の知れぬ魂が宿ってしまったのではないかという恐れさえ感じた。

 長左衛門は手松明を持って立ちあがり、岩窟へと向かった。しめ縄を小刀で切ると、ひとつの灯明を頼りに闇の中へと消えていった。その時、おーおーという奇妙な声を発しながら。

1 2 3 4 5