学校を休んで一週間が過ぎた。微熱が続き、安静にしているようにお医者さんに言われている。
「つまんない」
亜利子はため息をついた。同じ班の真由美ちゃんが毎日、ノートを届けてくれる。漢字の練習も計算問題ももっとやりたいのに、疲れるからと長い時間やらせてもらえなかった。
このままでは、九月最後の土曜日の運動会に出られそうもない。
体はだるいが、昼間、ほとんど動いていないから、夜になっても、ちっとも眠くない。
小学生になって初めての運動会。創作ダンス、玉入れ、借り物競争、五十メートル走、上級生たちと一緒の応援合戦。休まなくちゃいけないなんて絶対に嫌だ。どうして病気になってしまったんだろう。悔しかったり悲しかったりするときも眠れなくなることを、亜利子は初めて知った。
いよいよ明日が運動会。母さんの言うこともお医者さんの言うことも、ちゃんと聞いたのに、病気は治らなかった。
「運動会は毎年あるのよ。来年、頑張ろうね」
「しっかり病気を治しておけば、嫌になるほど、これから運動が出来るようになるから」
母さんもお医者さんも全然わかっていない。小学一年生の運動会は明日だけなのだ。休んでしまったら、もう二度と出られないのに。
夜が更けていくと、いろんな音が大きくなっていく。時計の刻む音、屋根を歩く猫の足音、遠くでサイレンが聞こえる。涙がじわじわとあふれた。
「ああ、眠れない! 明日、雨になって運動会が中止になればいいんだ」
亜利子のベッドは壁にくっついて置いてある。横を向くと壁が目の前だ。亜利子の家は築五十年以上の古い家。縁側に面した六畳の部屋が亜利子の部屋で、壁は砂壁だ。所々、はげていたり、しみになったりしている。
涙でにじんだ目をパチパチさせながら、ざらざらした砂壁を指先で触る。しみや影がいろいろな形を作っていく。
立てつけの悪い雨戸は、風が吹くたび、カタカタと音をたて、いつの間にか木々を吹き抜ける音に変わった。
居間の柱時計が鳴り始めた。
「一、二、三……」
砂壁をじっと見つめながら亜利子は、暗闇の中で数える。
「……十二」
つぶやいたその時だ。砂壁がうねうねと盛り上がり、丘になった。真っ白いウサギが一羽、砂壁から飛び出した。砂壁ウサギだ!
「やっと夜空に穴があいたぞ。早く行かなくては」
今夜は十五夜。
窓から夜空を見上げる。満月が浮かんでいた。コンパスで引いたような完璧な丸だ。
「あれは穴じゃないよ、お月様だよ」
「違う。あれは夜空にあいた穴なんだ。真ん丸になると、夜空の向こう側へ行ける」
じっと見ていると、砂壁ウサギが言うように、夜空に穴があいているように見えてくる。もしかしたら本当に穴なのかもしれない。
窓から飛び出していく砂壁ウサギを追いかける。
庭に出た砂壁ウサギは、白くて長い耳をひとふりした。耳の先から光があふれ、キラキラと光り輝く一筋の線になり、満月へとつながっていく。
「さあ、道が出来た。急ごう」