小説

『カメはウサギを追いかける』橋本成亮(『ウサギとカメ』)

 タイムトライアルは学校付近の競技場を貸りて開かれた。
 ウォームアップを済ませると、メンバー入りが難しそうな一年生から三人ずつタイムを計り、二年、三年と続けていく。こうやって一年生を見ていると、去年からリレメン入りしていた洋ってやっぱりすげぇんだな。
 結局、一年生は前回のタイム走からそこまでタイムの伸びを見せることができず、続く二年生三人がレーンに向かう。二年生のリレメン候補は五人いて、最初の三人が走り始めた。五十音順に分けられると、藤家洋、安川柾の俺ら二人が後半になるってわけ。去年も同じ五十音順で、洋と俺は一緒に走った。
 一年間、長かったような、あっという間だったような。不思議な感覚だ。
 去年、俺はここで絶望を感じた。一年間、俺は走り続けた。洋も走り続けた。
 どれくらい差が広がったのかは分からない。分からないから、これからそれを知ろう。勝負しよう。
 二年生の先発組が走り終えて、洋、俺、三年生の中では五十音順で一番前の川野さんの三人がレーンに入る。
 スターティングブロックを触ると、これから走るんだな、って実感がわいてくる。
 二人とも、俺より速い人だ。洋も川野さんも、ベストが良いのはもちろん、今までのタイム走で一緒に走った時に勝ったこともない。
 隣のレーンにいる川野さんは、何だかニヤついているかと思えば「まぁ、洋には敵わないから、お互い頑張ろうや」と言ってきた。そのニヤついた笑顔が「お前には負けないけどな」と言っているようで、何だか腹立たしい。
 その様子に気づいたのか、洋は笑顔で「リラックスしろよ」と呟いた。言葉自体は普通だけど、こいつの笑顔は何だか落ち着く。そうだ、勝負をするのに頭に血がのぼっていてロクなことはない。
 スタートをしてくれている一年が掛け声をして、俺は位置についた。
 ヨーイ。
 負けたくない。勝ちたい。
 バン!
 ピストルが鳴って、俺は飛び出した。スタートの技術を磨けるだけ磨いてきた。これは洋にだって負けない。勢いよく出て行った俺のすぐ横に、洋が並んだ。
 こいつ、もう並んでくるのかよ。
 追いつけない背中を見るのが嫌で、俺はひたすら前を向いて走る。負けたくねぇ、勝ちてぇ。
 そんな一心で走っていても、背中を見せつけられてしまった。追いつきてぇ、行くぞ、間に合えっ。
 
 タイムトライアルの結果、俺はリレメンに選ばれた。洋の予想通り、俺は4位に入ることができたのだ。
 何がおかしいって、俺は走っている時に川野さんが目に入らなかったんだよ。洋ばかり気にしていて、逆のレーンにいる川野さんは全然気にならなかった。ライバルなのはむしろ川野さんなのにね。
 追いつけない背中を追いかけているうちに、ゴールしていた。川野さんと俺のどっちが先にゴールしたかなんて分からなかった。分かっていたのは洋がダントツでゴールしたことだけ。
 今まで勝てなかった人に勝つ時って、意外なくらいあっさりしたものだ。
 タイムトライアルが終わると、俺と洋は昨日と同じく河原に集まった。祝勝会ではないけど、お互いリレメンに入れたしね。洋にしてみては当然のことなんだけど。
「やったじゃん」
 洋がニコニコしながらそう言ってくるから、とりあえずは「当然だろ」って返しておいた。

1 2 3 4 5 6 7 8