「そりゃ、勝ちたいとは思ってるけどさ」
川野さんも三年の先輩で、うちの学校じゃなればリレメンには入れると思う。去年は100メートルで県大会までは残っていた。
「思ってるじゃねぇよ、勝つんだよ、明日。信じるのが大事だよ、勝つって。嘘でも勝つって言い続ければ、そうするしかなくなるんだよ」
自分のことでもないのに、洋は熱を込めて語り始めた。自分がリレメン入り確実だからって、他人のことをここまで気にするか?
洋は走ることに関しての情熱がある、才能もある。それは洋自身に対してだけじゃないらしい。
そんなに走ることが好きなら、もっとレベルが高い陸上部のある学校に行けば良かったのにな。そしたら、俺も洋に勝てない苦しみを知ることは無かったかもしれないのに。
「川野さん、練習だってテキトーだし、ヤダな」
お前は先輩に対してなんてことを言うんだ。
でも、言いたいこともちょっと分かる。川野さんは確かに速い。でもそれは、ただ速いだけだ。特別練習熱心なわけでもなく、部活帰りに炭酸ジュースを飲んでいたりもする。それでも悔しいことに、俺より速い。
うちの部はアットホームな雰囲気だから、練習への取り組み方に一々口出しする人はいない。他人に迷惑をかけさえしなければ、自己責任みたいなものだ。
洋みたいに本気でやるやつは本気だし、先生も色々アドバイスをする。そうじゃない人は、本当にただ走っているだけみたいなものだ。手を抜いて取り組んでも、楽しめればいいやって考えなんだろうな、くらいで済まされる。先生もそこまで口うるさくは言わない。川野さんは、どちらかと言えば後者。
川野さんよりは俺の方が真面目に練習に取り組んでいると思うし、洋みたいな才能を感じたことは一度も無い。敵わないとも思わない。それでも、川野さんに勝てたことは無い。
洋は俺の目をまっすぐ見据えた。こいつがこんなに真剣でいるのは、陸上の話をしているときだけだ。
「柾と一緒に走りたいんだよ。お前が一番、好きじゃん」
好きって何が?
自分で自分の顔は見えないけど、戸惑った表情をしていたのだろう。それを読み取った洋は言葉を続けた。
「走るの、好きだろ」
走るのが好き? こんなに勝てない悔しさを実感して、諦められない気持ちだけで走っているのに?
嫌いじゃないのは確かだけど、昔みたいに走ることが純粋に好きだとは、自分では到底思えなかった。どうなんだろうな、俺。
曖昧に頷くと、洋はニコっと太陽みたいな笑顔を浮かべた。見ていると何だか安心してしまうような笑顔だ。
「お前なら大丈夫だよ。柾は走るのが好きだし、それは明日の結果に出るから。頑張れよ」
「お前も頑張れよ!」
ついツッコんでしまったよ。
他人のことばかり心配しやがって。まぁ、良いんだけどさ。こいつは絶対選ばれる。それは分かっている。俺は分からない。だから頑張れって言われるのも納得するよ。
さっきの笑顔とは打って変わって、ケタケタ笑ってやがる。お気楽なもんだ。
何にせよ、明日だ。明日でリレメンは決まる。