ハイボールの下にはチューハイの文字。レモン、ラムネなどなどいろんな種類が用意されているが、ここでこれらを頼んでしまえばセオリー通りになってしまう。この項目はさらっとスルーした。
そして飛び込んでくる焼酎の項目。黒霧島など見慣れない漢字の羅列が立ち並ぶ。七尾の焼酎に対するイメージはハンチングに黒みがかったサングラスをかけた五十過ぎの哀愁ある男性が、赤提灯に照らされ顔を赤らめながら飲んでいるといったものである。七尾は自分には焼酎を口にする器はまだ備わっていないと考えていた。そして、最初に飲む酒は「カタカナのオシャレな名前の物」にしようと考えていたので、焼酎も日本酒もスルーした。
いろいろ目を通してきたが、何を注文すればいいのやら、更に分からなくなってきた。メニュー右下のソフトドリンクの項目に目を向け、一度頭を冷静な状態にしようとしたが、混乱は収まることはなかった。難読なドリルのような存在になったメニューを一旦テーブルに置き、深呼吸をする。
「やっぱりオシャレなバーに行くべきやったかなぁ」
そう思い始め、何気なく壁に目を向けた時、七尾の体に鳥肌がたった。視線の先にはカタカナで「ホッピー 450円」の文字が書かれた紙が、壁に貼られていた。それは何かが分からなかったが、七尾はユニークな名前に加え、お手頃な価格の「それ」は王道ではない酒に違いないと確信し、「それ」が注文に値する存在であると瞬時に悟った。
七尾はようやく注文する対象を見つけた喜びと、酒を飲む時間が刻一刻と自分に迫って来ているじれったさに酔いしれ、口元が自然と緩んでいた。
酒が見つかれば早くそれを飲んでみたいといった衝動に襲われる。酒を喉に向かわせるイメージをしつつ、はやる気持ちを抑えながら、緊張でギュッと締まった喉元から声を絞り出すように
「すいません」
という言葉を発し、遠くに立っている店員を呼んだ。だが、店内はおやじ達のだみ声が入り乱れているため、下を向いた店員に声は届かない。
次はジェスチャーを交えて少し大きめの声で店員を呼んでみる。
「すいませんっ!」
思いのほか大きな声が喉から飛び出した。遠くにいる店員が不意にこっちを向いた。恥ずかしさのあまり七尾は、店に入った時以来の赤みを頬に浮かべて下を向いた。さっきから大声を飛ばしているおやじ達は自分の話に夢中で、七尾の上ずった声を気にも留めていない。この場所では恥ずかしがるといった行為が意味を成さないようである。
呼ばれてから数十秒した後、無粋な表情を張り付けながらのそのそと店員が近づいてきた。そしてその店員に
「ホッピーとは何ですか」
と何事もなかったように、できるだけ平然とした顔で尋ねる。ことができればいいが、酒に疎いと思われることを避けるため、七尾はとっさに
「ホッピーください」