会社の飲み友達も近くに住んでいた。条件は揃った。
よし、ホッピー飲みに行くぞ。
ホッピー1瓶でナカ三杯。そんなにお酒の強くない私。こりゃいいペースで酔うな。
「ナカください」と言ってグラスを渡す。
「氷追加するねー」と親しみのある雰囲気の店員。ジョッキグラスが交換制ではないという初めての体験。洗い物は少ない方がいいよね、と店員側の気持ちになり、一夜限りのマイグラスを手にする。
晴れてホッピーデビューした私は、これで本当に東京の女になった気がした。
デートでもホッピーを頼み、「え?ホッピー好きなの?」と相手を驚かせて得意気になっていたあたりが、今考えると全くの田舎者である。
それからしばらくして、父が出張で東京に来た。私は迷わずホッピーが飲めるその居酒屋に連れて行った。
頼み方が分からないようだったので、私が父にホッピーの飲み方を教えた。
あれ、お父さんこんなに小さかったっけ?白髪も増えたな。眼鏡を外してお手拭きで顔を拭く姿が、とても疲れが見えた。そういえばお父さん、定年まであと何年だったかな。
そんな風に思っていたら注文したホッピーがやってきた。父は嬉しそうに一口飲み、
「うん、美味しい」と頷いた。
父が初めて飲むホッピーだった。
その日は父と仕事の話をした。3年目でようやく仕事の全体がわかってきた私は、仕事の愚痴が一丁前に溜まっていた。父は話を聞いてくれたし、自分の仕事の話もしてくれた。
父と対等に仕事の話をするのは楽しかった。
しかし、昔は大酒飲みだった父だが、ホッピーを何杯か飲んだら満足し、最後は少し眠そうな顔をしていた。
いつの間にか自分が親を通り越していることに気付いた。
実家を出て、社会に出て、自立し、巣立ち、私は自分の居場所を自分で見つけようとしていたのだ。
あれから何年か過ぎ、新鮮だったホッピーがいつの間にか落ち着く味に変わった。東京にも落ち着く場所があり、自分の居場所ができた。
今年、父がいよいよ定年だ。
もう東京で出張ついでの父とホッピーを飲むことはないのかと、これを書きながらふと気が付いたら、涙がポロっとこぼれた。
ただ、初めてホッピーを飲んだあの嬉しそうな父の顔を私は忘れないだろう。