しなやかな⼈差し指で⾃分の胸のあたりを⼆、三度軽く叩きながら、先⽣はそう付け加えた。先⽣の⽬には、いつもの穏やかさにほんの少し⼒強さも混ざっていて、まるで「その頃には⽴派な成⼈になっていなさいね」と、⼼の奥で私たちに語りかけているようにも⾒えた。
「成⼈」と⾔う⾔葉は、遠い未来のことにように思えた。
それが⼤⼈になることを意味するということはわかってはいたけれど、⼦供と⼤⼈という区分がまだ漠然としか掴めなかった。ただ、⼦供じゃなくなるということには、何かに対する離別や決別という悲しい意味合いが含まれているような気がして、私は⼤⼈になりたいなんて全然思わなかった。
「けいちゃんはプレゼント何にする?」
その⽇の帰り道で智ちゃんが訊いてきた。
「タイムカプセルってなんだかわくわくするよね。未来の⾃分が貰って喜ぶものって今とは違ってるのかなあ」
智ちゃんは家が近所だったこともあって、⼀年⽣の頃からよく⼀緒に遊ぶ幼馴染みだった。おっとりとした性格だけど、⾝体つきはクラスの中でも⼤きい⽅で、近所の⼈たちにはもう中学⽣に間違われるくらいだった。
「私はまだ決めてないな。智ちゃんは?」
「うーん、お花とかだと枯れちゃうし、お⼈形なんてセイジンした⾃分は欲しくないかもしれないもんね」
成⼈という⾔葉を、まるで熟知したもののように強調しながら智ちゃんはそう⾔ったけれど、その響きは背中に背負った⾚いランドセルとはとても不釣り合いに思えた。
「物とかじゃない⽅がいいのかもね。たとえば写真とか⼿紙とか」
「あ、それいいね。そういうのの⽅が開けた時に懐かしく思えてうれしいかもね。私そうしようっと。⾃分に宛てた⼿紙」
私の案に満⾜した様⼦で、智ちゃんはいつものように⼋重⻭を⾒せてにこやかに笑った。ただその時の笑顔は少し⼤⼈びた顔つきで、なんとなくセイジンになった時の⾃分を意識しているようにも⾒えた。
⾃分への⼿紙を書こうと思ったものの、それから数⽇の間⼿つかずのまま、イブの夜になってしまった。
⾃分に対してどんな⾔葉を書けばいいのか、まったく浮かばなかったのだ。薄いグリーンの下地に様々な星座のイラストが描かれた便箋には、「こんにちは。元気ですか?」という粗末な書き出しだけが書かれていた。
⾃分への⼿紙を書いても、⾃分はその内容を知っているわけだし、驚きや喜びもあまりないんじゃないか、という気もしてきていた。いっそ、誰かに宛てた⼿紙を書いてみようか。例えば、智ちゃんや原賀先⽣に宛てた⼿紙。家族に宛てた⼿紙でもいい。
そう思っている時に、付けっ放しにしていたテレビの内容が⽬に⽌まった。ある男性がクリスマスイブの夜に好きな⼥性にプロポーズをする、という番組だった。⽩いスーツを着た男性が⽚膝をついて⼥性に花束を捧げ、⼥性は涙ぐんで⾸を縦に振っていた。