「お隣の人と、あんまり関わらないでって言ったでしょう」
もうほとんど泣きそうな口調でそう言われてしまったものだから、俺はなんだか悪いことをしてしまったような気持ちになった。
両親は二年前に別れた。父の浮気が原因だった。父が好きになったのは派手な若い女の人で、きっと母はまゆさんを見るとそういう辛いことを思い出すのだろう。
「あんな、派手な口紅つけて、短いスカートはいて、ろくでもないに決まってる」
母はまるで自分に言い聞かせるようにそう言った。きっとまゆさんを、いや、世の中の若くて派手な女性をすべてろくでもないと決めつけて恨むことで、母の中にある父への抱えきれない思いは少し楽になるのだ。そういう風に凝り固まってしまった母のことを本当に可哀想だと思う。
よく知りもしない他人のことを一方的に決めつけて評価をすることの卑しさに、俺はもうまいってしまっていた。母だけでなく、世の中は驚くことにそういう偏見で満ちていた。「毎日お酒飲んで楽しく過ごしたいだけなのになー」
まゆさんはある日そう言って、夜空に向かって手を伸ばした。「あっオリオン座!」と無邪気に笑う横顔。
「まゆさんっていくつなんですか?」
お互いのバイトや仕事の終わり時間が被り出くわした夜は、なんとなく公園のベンチでおしゃべりするのが俺たちの定番になっていた。まゆさんは「女の人に年齢きくなんて、モテないよ」とけらけら笑った。
「何歳に見える?」
「そういうのいいですから」
「つれないなあ。二十一だよ」
「え、そうなんですか」
「なに、意外だった?」
「二十五くらいだと思ってました」
言ったと同時にチョップが飛んできた。自分でも今のは失礼だったな、と自覚があったので「す、すみません」と即座に謝った。
「いや、老けて見えるとかじゃないんです。なんていうか……まゆさん、おちゃらけて見えるけど、落ち着きはあるから。二十一って、え?大学生ですか?」
「違うよ。私中卒だもん」
まゆさんは相も変わらずいつものお酒を飲んでいる。ホッピー。もうすっかり名前を憶えてしまった。
まゆさんはしばらく黙って、「あんま言いたくなかったんだよね。馬鹿にされるから」と、どうでもよさそうな顔をしていった。本当にどうでもいい、と思っているからではなく、色んな言葉や、視線をもうずっと浴びてきて、その末にどうでもいい、と呆れめてしまったような、そんな表情だった。
「じゃあ、俺くらいの年の時には、もうお金を稼いでたってことですよね?」
「そうなるね。私がみなくんの年齢の時はもう、一人暮らししていたね」
「それって……めちゃくちゃ立派じゃないですか!」
言うと、まゆさんは驚いた顔をしてこっちを見た。俺はしまった、と思って口を閉じた。あんなに凝り固まった母がそばにいるのに、俺はまゆさんが今までどんな偏見を受けてきたのか想像できず、無神経なことを言ってしまった。そのことに対して顔を青くしていると、まゆさんは今まで俺に向けてきた胡麻化すようなおちゃらけた笑顔ではなく、本当に綺麗に「ふふ」と笑った。