小説

『電車』久遠さくら(『蜜柑』)

 今日も数人の誤差はあれ、思った通りの人数だった。座ることはできないが、隣と余裕を持って立つことができる。入ってきたドアと向かいにあるドアに背中を預ける。見た目はだらしなく見えてしまうが、楽な姿勢になりたかったのだ。それくらい、今日は体力が残されていなかった。
 
 イヤホンをつけたい気持ちを抑えながら、電車は甲高い音とともにドアを閉めた。それから、ゆっくりと加速し続け、ホームから離れる時には、すでに自動車が一般道だと出せない速度に達していた。
 
 電車の移動音は、私の気持ちの苛立ちを蘇らせた。そして、イヤホンの使用を控えるようにと、言葉を濁しながら禁止させた医者を恨んだ。手持ち無沙汰。適当にネットニュースを見るが、どれも暇つぶしにすらならなかった。周りを見渡すと、隣の若い人は熱心にイヤホンをはめながら、スマホの画面を叩いている。そして座っている人は何を見ているのか、詳細は分からないがスマホから目を離さずに集中しきっている。改めて自分の趣味のなさを嘆いた。それと同時に、夢中になれる何かをスマホに有している彼らを羨んだ。音楽に精通しているわけではないが、音楽を奪われたら、途端にやるべきことが分からなくなる。スマホからやることどれもが灰色のように淡く、退屈を自覚させる。
 
 そんな葛藤を得て、やっと一駅だけ移動した。電車が停止し、目まぐるしく人の入れ替わりが行われた。ホームで待っている人が入ってくる前に、電車は立っている人がみんな、座れるくらいには席が空いており、当然ながら私も空いている座席に向かう。隣にいたゲームをしている人は真剣なところなのか一切、周りを見なくて画面だけに集中していた。
 
 自分の座席の右側にはスーツを着た白髪が気になり始めるくらいの年齢の男性が座った。左はまだ空いていた。やがて、大量の人がホームから押し寄せてきた。席取り合戦は熾烈だが、大抵はホームに先頭で待っていた人が確保する。私の隣も一瞬のうちに埋まった。腹が少し気になる定年が近そうな老人だった。彼が座った瞬間、鼻を覆いたくなるほどのタバコの臭いが充満した。その臭いに脳が警告を流し、一瞬だけ顔をしかめた。ただでさえ苛立っているのに、さらにストレスを加速させた。そんなことを気にする様子も見せない老人は、我が物づらにバッグから新聞紙を取り出し、広げて見せた。圧迫されている空間をさらに狭めてしまい、さすがに私だけではなく、周りの人も不快感を露わにしていた。時代の逆行する者を恨めしく思った。

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