小説

『横腹がビリリ』義若ユウスケ(『桃太郎』)

スーパーマーケットで買った桃を切った。
これは、八月一日の夕方のことだ。
べつに日付なんて、どうだっていいのだけど。
ミーンミーンって、外ではセミが鳴いていた。
ぼくは包丁を片手に家のなか、暑苦しいキッチンに汗をたらしながら、いて、じっくりと、まな板の上を観察した。
切った桃のなかからちいさい子どもが出てきたのだ。
「おまえ、ひとりか?」ぼくはきいた。
「おれはひとりだ」と、小さい子供はこたえた。
「ひとりっきりで、ずっとそんなところにはいっていたのか」
「うん、そうだよ。おれってそういうやつなんだ。どうもはじめまして。おれは桃太郎。さあ、育てなさい」
「桃太郎!」
たまらずぼくは駆け出した。
玄関を飛び出して、町を走り抜けて、電車に飛び乗った。
電車のなかでは犬と蟻が喧嘩していた。取っ組み合いの大喧嘩だ。
ぼくは大の犬好きなので、犬に味方することにした。
ぼくは蟻を踏みつぶした。
「余計なことしやがって」といって犬は唾をペッとぼくにむけて吐いた。
ムカついたのでぼくは嘔吐で応戦した。
オエエエエエエエ。
またたくまに犬はゲボまみれだ。
わはは。ざまあみろ。
塩酸をあびたナメクジのように、シュワッと、犬は溶けてなくなった。
電車が止まった。
ぼくは降りなかった。
ひとりの老人が乗ってきた。
「君、王さまになったらどうだい?」とぼくを見るなり老人はいった。
「考えておきます」とぼくはこたえた。
気の遠くなるような沈黙。
「君は王さまになりたくないの?」
「どちらかといえば野球選手になりたいですね」
「へえ。君は野球をやるのか。ポジションは?」

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