小説

『灰かぶりのC』猪口礼人(『シンデレラ』)

「二人は永遠に幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
 火鉢を前に読み聞かせる私の膝に座るのは孫娘のケイコ。仰ぐようにして私を見上げる。
「おばあちゃんのそのガラスも、王子様がくれたの?」
 ガラス? 一瞬なにかと思ったが、私の指輪のことか。
 たしかにこれは王子様がくれたものだ。シミとシワだらけの手に輝くダイヤモンドの指輪。主人は無愛想で言葉数も少なかったから、王子様という言葉はちょっと似つかわしくないけれど。
「おばあちゃんの王子様はいつ迎えにくるの?」
「こら。この子ったら」
 義娘が慌てて孫を制止する。
 迎えには来られないだろう。夫はすでに鬼籍に入っている。
「ケイコちゃん」
「なあに」
「実はね……。私の方が王子様なのよ」
 ケイコちゃんが目をまんまるにして驚く。
「おばあちゃん、……おじいちゃん、だったの?」
 こらえきれず義娘が笑い出す。私も笑いつつ否定し、説明をする。
「私がね、あの人を探しに行くの。シンデレラくんはこの指輪を落として、どこかに行ってしまったから」
 主人が死んでから世界が色あせたとまでは言わない。ただ、たとえるなら、秒針が止まったのに分針も時針も問題なく動いているような、色あせるというよりは長くかけられていた魔法が解けたような、そんな感覚。職人気質な人で家事なんて一つも出来なかった。お世話をしていたのはむしろ私の方なのに。おかしな話だった。
 火鉢の中で炭がパチリパチリと音を立てる。窓の外を見る。そういえば出会った日もこうやって風景を眺めたっけ。

 
 主人は静かな人だった。いつだって、工房から今しがた出てきたみたいな、灰をかぶってるような印象を人に与えた。寡黙で表情の変化がわかりづらい。良く言えば古き良き日本人。簡潔に言えば無愛想。

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