小説

『桃太郎Take2』散田三郎(『桃太郎』)

 少年は、お祖母さん、助けて、と言おうとした。その前に老女は喚いた。
「間抜け。どじ。どうしようもない奴だお前は」
 老女は少年を撲り続けた。少年は残った左目で、祖母と思っていた老女の顔を見た。眼を吊り上げ、髪を振り乱し、唾を飛ばしながら自分を撲る、鬼の如き老女の顔を。
「これでお前を育てる意味が無くなった。鬼退治なり何なり、何処へでも失せるがいい」
 そう言い切った祖母は姿を消した。芋虫のように体を丸めたままの少年は、潰れた右目からとめどなく涙を流しながら、再び気を失った。

 数日後、祖母はぼんやりと家で煙管をくゆらしていた。既に不用の存在となった少年の事などもはや彼女の意識に無かった。彼女の夫は随分前から姿を消していたが、それがいつだったか祖母は思い出せなかったし、そもそも思い出す事も無かった。
 老女は何の気配も感じなかった。裏戸が音もなく開いた事にも気付かなかった。
 鈍い音がした。それと同時に、祖母の意識は、痛みを感じる間もないまま、永遠に暗黒の世界に落ち込んでいった。咥えていた煙管が、ぽとりと床の筵に落ちた。
動かなくなった祖母の後ろに、人の頭ほどもある石を持った少年が立っていた。隻眼となった少年は、祖母と思っていた老女の死体を見下ろしながら考えた。俺は桃太郎で、こいつは鬼だった。そうとも。あんな怖ろしい形相で俺をぶん撲ったんだ。鬼に違いない。だから俺は退治したのだ。しかし、こいつはまだ鬼の一匹目でしかない。村にはまだ俺を襲った数十匹の子鬼ども、そしてその親の大人の鬼どもが居る。そいつらを全部退治しなければならない。そうしないと、いけない。何しろ俺は、桃太郎なのだからな。
 少年は笑った。今まで自分が作ってきた曖昧模糊としたどの空想よりも、この物語は話の辻褄が合っていた。少年は、急速に視野が広がり、頭が軽くなるのを実感していた。今まで掛かっていたもやもやした霞が、一気に晴れわたったかのようだった。
 少年は立ち去った。無人となった陋屋の中、醜い老女の骸の傍らで、煙管の火が床の筵に燃え移った。瞬く間に沸き上がった紅蓮の炎は、ちっぽけな陋屋をごうごうと嘗め始めた。その炎が巻き起こした風が、周りの棗の木をざあざあと揺らした。

 赤い夕陽に照らされた村の家々から、黒い煙がゆらゆらと立ち昇る。

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