小説

『走れ!亜利子の運動会』岡田京(『不思議の国のアリス』)

 満月が近付くにつれ、真昼のように明るくなっていく。砂壁ウサギの言う通り、満月はまぶしく輝く大きな穴だった。飛びこむと運動場が広がっている。亜利子の小学校より何倍も大きい。トラックの外側にはロープが張られ、観客席では、たくさんのウサギたちが応援をしている。テントの中は放送席だ。マイクを握るウサギが大声を上げた。
「次は借り物競争です」
 亜利子と砂壁ウサギは運動場の真中に散らばった紙を走って取りに行く。
「雨降りじょうろだって。なにそれ?」
「知っている、金木犀の木の上だ」
 見渡すと、運動場のずっと向こう、丘の上に金木犀の並木が見えた。
「早く、早く」
 亜利子は転がるように走った。金木犀を見上げると、一番上の太い枝に大きなじょうろがぶら下がっている。木登りは得意だ。小学校の雲梯だって誰にも負けたことがない。
「よーし、やるぞ」
 体中に力がみなぎる。スルスルと登り、じょうろを木の下の砂壁ウサギに投げた。一緒にじょうろを担いでゴールのテープを切る。
「やった、一等賞!」
 賞品のお月見団子は金色にピカピカ光っていた。
「ねえ、雨降りじょうろなら、雨を降らせることができるの?」
 砂壁ウサギは頷いた。
「もちろん。入って来た穴から降らせば雨になるよ」
 亜利子は一目散に穴のところへ行って、じょうろを地上に向かって傾けた。不思議なことに、空だったじょうろからザンザンと水がこぼれ始めた。
「これで運動会は雨で中止ね」
 砂壁ウサギは首を振る。
「これは今日一日分の雨だよ。今日は朝から夕方まで雨模様の天気だったんだ。でもじょうろのふたも全部開いているし、今からこの勢いで降らせたら、夜明けには止むだろうね」
「うそー、止めて、止めて」
「一度、降らせたら止められないよ」
 雨降りじょうろは、穴のふちにぴったりと張り付き、押しても引いてもびくとも動かなくなった。ザーザーとこぼれ落ちる雨をどうすることも出来ない。
「夜が明けたら秋晴れだね。天気予報、大ハズレ」
 砂壁ウサギはおかしそうに笑った。
 運動場にウサギ楽団が整列し始める。フォーメーションを組み、金管楽器の演奏が始まった。
「さあ、運動会も大詰めです! ダンスをみんなで踊りましょう!」
「こうなったら、こっちの運動会でうんと楽しんでやる!」
 音楽に合わせ、応援席のウサギたちもみんな飛び出し、大きな輪が何重にも出来上がった。順番に輪の真中でウサギが躍り始める。 
 ハワイのフラダンス、中国の太極拳、スペインのフラメンコと、それぞれの国のウサギたちがお国自慢の踊りを披露する。
 亜利子の番が来た。
「学校で習った創作ダンスをやります!」
 大きな拍手が起きる。クラスのみんなで考えた踊りは、盆踊りを軽快なアップテンポに変えたものだ。バレエを習っている亜利子は踊ることが大好きだ。ダンスの題名は真由美ちゃんと二人で考えた。
「お月見団子ダンスです!」
「やあやあ、おもしろい、」
「ずいぶん踊りやすいじゃないか」
 ウサギたちは夢中になって亜利子の踊りに合わせる。幾つもの輪が、亜利子を中心に回り続けた。

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