小説

『カメはウサギを追いかける』橋本成亮(『ウサギとカメ』)

 洋に勝つイメージなんて、今は想像もつかない。でも、洋もまた、洋なりの絶望に立ち向かおうとしている。勝てないと思うに挑もうとしている。
「俺は」
 言葉が漏れた。口にすることができなかった、それでもずっと胸に抱いていた気持ちだ。
「勝つよ。洋にも、洋が負けたやつにも。一番になる。速くなる」
 漏れた勢いそのままに、今まで胸に溜まっていた言葉を吐き出した。
 俺みたいな凡人が洋みたいな天才に挑むことなんて無謀だと笑われると思って、ずっと言えなかった。その気持ちが胸にあるから、俺は悔しさや悩みを抱き続けていた。
 しかし、その悔しさは俺が感じているだけではなかった。俺が勝てないと思っていた洋も、他の誰かに勝てないと思っていた。それでも、挑んでいる。
 洋が納得したように頷いた。本気の目で俺を見つめ返している。
「俺は柾に勝ち続ける。そして、俺より速いやつら全員抜いて、一番になる」
 さっきは洋に勝つって言えって言ったくせに、勝ち続けるのかよ。
 笑ってそう指摘すると、洋も顔をクシャクシャにして笑った。いつもの、見ていて安心する笑顔だ。
 絶対に勝てないと思っていた絶望は、ある意味での希望に変わった。上には上がいて、誰もが悩みながらもがいている。
 昨日の洋の問いかけに、今なら答えられる。
 辛くても諦められないのは、走ることが好きだからだ。
好きなことだから負けたくない。辛くても走り続ければ勝てるかもしれない。その希望が、辛さ以上に輝いているからだ。
 俺が絶望した才能も、他の才能の前でまた絶望して、それでも立ち向かおうとしている。希望に向かっている。
それなら俺も、立ち向かおう。勝つと愚直に言い聞かせ、最後まで走りきろう。
 笑い声が響く河原で、俺たちの希望のように、川面に夕陽が反射して輝いているのがはっきり見えた。

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