『つまらないものですが』
泉谷幸子
(『わらしべ長者』)
「ごめん、好きな人ができた。」携帯の画面に映された吹き出しにそんな文字が入っているのを見た瞬間、ぽかんとしてしまった。真昼の公園で抜け殻のように呆ける加奈。そんな彼女に、ある少女が四葉のクローバーを差し出した。
『山月記トロピカルVer.』
横山信之介
(『山月記』中島敦)
何故竹からパイナップルが落ちてくるのか分からなかったが、そのパイナップルは明らかに普通のモノとは違っていた。ギョロッとした目が二つ、ギラリと光る二本の八重歯を持った口があったのだ。人面パイナップルだ。
『イン・ワンダーランド』
花島裕
(『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』)
「藤堂ありすです。」とみんなの前で自己紹介したあの日。親の都合で中二の二学期から転校した私は、新しいクラスにとってゼロの存在だった。むしろ名前負けの平々凡々な容姿からすると、マイナススタートだったかもしれない。
『透鳥』
生沼資康
(『ナイチンゲール』)
祖父の死後、庭の管理を任された父はその庭を荒らしてしまった。全てにおいて彼は、自然体であることを愛していた。それゆえ、土面は草の茂るに任せ、木々は枝を好き放題に伸ばしていった。ある日、僕はそこに巣箱を置いた。
『あの子は月にかえらない』
池上幸希
(『竹取物語』)
髪をおろした日夜子が、ぼくの布団の横にごろんと寝そべった。夜、部屋に忍びこんでくるのは久しぶりだ。タオルケットを頭にかぶり屈託なく笑う日夜子。たぶん今の状況は、集まっているメンバー全員からうらやましがられるはずだ。
『美しい人』
澤ノブワレ
(『雪女』)
僕の横に座る美しい人は、ただ優しく微笑んでいた。僕の書いた物語の大げさな表現への恥じらいとか、自分自身の描写に対する謙遜とか、そんなものは一切なく、僕を最後の手順に誘うために、ただ優しく微笑んでいるのだった。